2022年4月の日記

・2022.04.30

たのしみにしていたシャンタル・アケルマン特集。『ジャンヌ・ディエルマン』がずっと頭から離れない作品で、超たのしみにしていたのだけれど、『オルメイヤーの阿房宮』も本当に大好きな作品になった。ベランダに生えた草木をむしり、覆いかぶせるようにショパンを歌い、白人教育をさせるのだと意気込むオルメイヤーの、ラストにかけての表情の変化。ニナが夕暮れに舟の上で煙草を吸う姿、「明日には忘れる」「愛は消えないよ」。

吉岡さんや映画館でばったり会った友達たちもいっしょに中華食べて、そのあと晃生とまりかちゃんと三人で原宿のメキシコ料理。借り物の言葉ではない、自分だけの言葉で、自身の考えをお互いに交わしていくその手順がなんだかすごく愛おしくて忘れられない時間だった。酔っぱらった。

・2022.04.29

どしゃぶりの雨。渋谷シネクイントホワイトでマイク・ミルズの『カモン・カモン』。「レコーディングする事の面白さは、平凡な言葉を永遠に残せること」という言葉が心に残った。とても感動した、感動したのだけれど、いくつか思うところがあって、そういう違和感も大切にとっておきたいなと思った。あれこれ意見を交わしながら帰っているとどしゃぶりになってきて、もう帰ろう、と家に帰った。

誕生日プレゼントに親からもらったホットプレートで焼き肉しながら、Apple TVでやっていたスパイク・ジョーンズが監督を務めたビースティ・ボーイズのドキュメンタリーを観てた。ヤウクを思う二人の姿。泣いてしまう。高校生の頃に武道館でビースティのライブ観たとき、オープニングアクトはLe Tigreだった。えりこと行ったね、懐かしいな。

2022.04.28

うまく話せない日だった。考えていることと、口から出る言葉がうまく一致しない日がある。頭と口がぴったりと意志疎通しあって、するすると気持ちよく話せる日もあるけれど、驚くほどうまくいかない日もある。

・2022.04.27

Mitskiがリリイ・シュシュの「グライド」(I wanna be〜ってやつ)歌っててびっくりしてだいすき、ってなっちゃった。

・2022.04.26

JAIHOで、『17歳の瞳に映る世界』のエリザ・ヒットマン監督による『愛のように感じた』を。性に関心が出てきて、自分のことを大きく見せたいけれどどうにもうまくいかない青春、なんとなくマリコ・タマキ『THE ONE SUMMER』と重ねながら観ていた。エリザ・ヒットマンが描く登場人物の感じがわたしはすごく好き。最近早く起きちゃうから、布団のなかで映画観てから目覚めてる。2年前くらいの今頃もたしかそうだった。

昔の日記をたまたま見つけて読み返していた。たまにそういうタイミングが訪れる。2019年に書いていた「ひとつの答えに収斂できない自分を許したい」という言葉、その背景にあったいくつかの出来事のこと。

2022.04.25

TVODの『ポスト・サブカル焼け跡派』を読み終えたけれど、本当におもしろくって読み終えるのが惜しい。アーティストたちの振る舞いと、社会との結びつきに関して、それぞれのシーンに存在している空気のようなものはやんわり感じていたけれど、こうやって具体的な出来事などと紐付けながら説明してもらうと、くっきりと浮かび上がってくる感じがする。自分が文化芸術に関心を持ち始めて背伸びしながら追い続けていた90年代のカルチャー、中高時代に学校生活のなかで触れていた00年代のカルチャーについてその時代に起きていたことと共に振り返りながら、自分自身の意識の矛先や違和感の向かう先が10年代、20年代にかけて大きく変化していったこととも比べながら読んでいた。

2022.04.24

ロンリープラネットから出ている『The World』という本は地球上のあらゆる国(なのかな?全部ではないのかも)の観光ガイドが写真とともにまとめられている分厚い辞書みたいな一冊で、その国の旅行計画をたててるみたいですごくたのしい。朝、ランダムにめくってその国に旅行に行った気分になる遊びをしてた。

ひさしぶりに池の上の台湾料理光春。酔っ払って何話したかあんまり覚えていない。

・2022.04.23

自分の部屋のライトが壊れてしまってから、しばらくずっと家にあった暗めの電球を使っていたのだけれど、やっとあたらしいライトが届いた。しっかり明るくなって仕事にはちょうどいいけれど、この明るさになかなか慣れない。自転車でパンを買いに出かけて、公園で寝そべって食べた。

古本屋で買った民族問題に関する本に挟まっていた「平易であること 脱ステレオタイプ」というメモがなにかの暗示みたいで頭に残っている。その本のなかで、なぜ日本では「日本語」の授業を「国語」と呼ぶのか、という問いかけがあった。JapaneseではなくNational Languageと呼ぶような例は他国ではなかなかないことであり、アメリカやイギリスでも英語の授業はEnglishとして学ばれるように、多様な言語を話す人が当たり前に存在していれば、National Languageのような曖昧な言い方では成り立たないということ。日本で生まれ日本語を用いながら生きてきた自分にとっては何も疑問を持たずに生きてきて、本を読んで気づいたほどだったので、この国においてそうやってうやむやにして排除しているものが思った以上に多いのではないかと感じた。

春のプレイリストが完成してうれしい。

2022.04.22

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.04.21

晃生が中華料理の本を買ってから中華の腕前が格段に上がっていて、わたしもその本を読んでつくりはじめたら、だいぶいい感じにつくれるようになった。同じ調味料でも、具に上から調味料をかけるのではなく調味料を煮詰めてからさっと具に絡ませるとこんなにも味が変わるのか。

このあいだTSUTAYAで借りた『フライド・グリーン・トマト』を観た。時代を超えてさまざまな抑圧や偏見と戦っている、女たちの映画。

・2022.04.20

昨日の会がきっかけで、武田百合子の『遊覧日記』を読んでいる。武田百合子の文章を読んでいると日常をそんなふうに見つめることができるのかといつもはっとさせられる。近所を散歩して、見過ごしてしまっていたあれこれをもっと見渡したくなる。同時に、彼女のようにはきっと見ることができないから、その目を借りて世界を見渡すことができる読書という体験はかけがえのないものだなと思う。この本のなかで訪れている群馬のヘビセンターという場所が気になっていて、今度日帰りで行ってみたい。

・2022.04.19

朝、ギヨーム・ブラックの「宝島」をJAIHOで観た。パリのセルジー=ポントワーズにある「レジャー・アイランド」という施設に集うさまざまな人々の姿、その会話から人生が垣間見えて、懐かしく幸せな気持ちが広がると同時に、フランス社会の差別や格差や、自由とはなにかについても考えながら観ていた。今度は劇場でも観たい。

夜はクラウドファンディングリターンのための、まどかさんと岸本さんとのトークイベント。自分が学生時代に二人が関わられた本や、二人がきっかけで知った作家の存在に救われてきたので、なんだか胸がいっぱいになってしまった。ミランダ・ジュライの話。誰が何と言おうと好きなものを好きでい続けることのうれしさ、そこから居場所が広がっていくことについて。

・2022.04.18

砧公園でブルジーヌの服を着て、ひろみちゃんに写真を撮ってもらった。パリのブランド、ブルジーヌの服は注文後に一人ひとりのためにお直しして届けてくれる。着てて気持ちがいい服だけを着よう、と思いたくなる服。ようこさんにも会えて、春らしい木々のきらきらのなかで気持ちいい午後だった。

・2022.04.17

“性暴力”裁判 被害女性が語った15分のことば」という記事。言葉にできないほどの恐ろしい経験をされているなかで、行動する勇気に胸がいっぱいになったし、本当に読んでよかったと思える記事だった。ジェンダーや性暴力について学んできたことがそよかさんにとって支えになったという話を読み、学び知ることはたしかに人を救うのだと感じ、彼女の言葉が全文公開されたことは他の人を救うためにも大きな意味を持つのだろうと思った。

あまりにも多くの身近な人が、何かしらの搾取の経験を抱えていることについて、もやもやと考え続けていた日。一件「小さい」こととして流されてしまうような搾取だって、性暴力事件とまったく関係がない話ではなく、根底で繋がっているものだ。

・2022.04.16

映画を観ていると自分がなにが嫌なのか、ということが浮き彫りになっていくという話、最近何人かとしてる気がする。嫌だという感情を掘り進めていくと、譲れない自分の核心みたいなものに辿り着く気がする。嫌いなものの話をもっとしたいな。

・2022.04.15

なおみと表参道のJULIAというお店でごはん。大学時代から自分の意志を持ってひとつひとつ選択している彼女の何気ないメッセージにいつもはっとさせられて、帰り道に携帯で言葉を書き留めることばっかり。いろんなお祝い、って言って花束ももらった。花束を抱えてタクシーに乗り込み、ももちゃんのバースデーを祝いにいった。こういう夜が懐かしくてうれしくって、「こういう夜を積み重ねていこうね!」ってきみちゃんにLINEした。

・2022.04.14

天気がよくってうれしい。読みかけだったヴァージニア・ウルフの『三ギニー』を読んでるけど、かっこよくてしびれてしまう。教育や職業の場での女性への直接的・制度的差別が戦争と通底する暴力行為であることについて、手紙の体裁で丁寧に書き綴っている本。根底に存在している問題は何も変わっていない、読み進めていくのがたのしみ。

2022.04.13

me and you clubのお茶会で、たくさんのことを受け取った。こんなことを話してもいいのかな、と思うようなことが、誰かにとってとても大事な言葉だったりすること。そうした瞬間が生まれる場所でありたいと思う。眠る前に保坂和志の『世界を肯定する哲学』を読むと気持ちよく眠れる。

・2022.04.12

Kate BolingerのYards / Gardensはいまの季節にぴったりな気がして、ずっと聴いてる。変化に対する抵抗感を歌った曲みたい。MVも60年代の映画みたいで素敵。春のプレイリストをつくってる。

2022.04.11

ヤクルト1000を今週から飲み始めて調子がいい気がする。夜、新しく買ったピクニックシートをリビングに敷いて寝転がってみたら気持ちよかった。

2022.04.10

Wikipediaをランダムで見るのが趣味として好きだけれど、全世界のWikipediaの人物記事は男性が8割を占め、女性は2割にとどまり、日本版では女性の記事が占める割合は全体の22.3%で、執筆者も90%が男性と推定されているそうで、その男女格差が急に気になってきてしまった。日本だと北村紗衣さんがウィキペディアンとして有名で、北村さんの投稿や、ウィキギャップのニュースとかも目にしていたのに、インターネットを始めてまあまあ経つのに一度も編集したことがなかったかもしれない。誰でも参加できるプラットフォームではあるので、少しでもその格差を埋めるために今度少しずつやってみようかなと思った。

・2022.04.09

半袖でもいいくらいの夏日。亜湖さんとの会、10年ぶりに会う人もいて、大学生の頃の自分のキャラクターをやや忘れかけていて、なぜだか緊張して箸を持つ手が震えてしまった。お金の話なんて一回もしたことなかったのに、税金の話をしていて歳を感じた。

ヒューマントラストシネマでジャック・リヴェットの『メリーゴーラウンド』。真実も虚構もよくわからぬまま、ずっとぐるぐるとまわり続けていた。フリージャズと、陰謀論、猫、ダウジング。砂漠で走り回るなかで蛇にまかれそうになるところが記憶に残っていて、最近触れる作品にはよく蛇が出てくるように思う。こういうのをすぐ何かの暗示のように考えちゃう。

帰り道、人が賑わう宮下パークをすり抜け、ハチ公前には夜空の星よ、となんでもない曲を弾き語りする少年の前にマスク姿の人たちが集まっている。朝まで飲んでた山家の前にはテラス席みたいなのができていた。変わらなさに安心しつつも、変わらなさに恐ろしさも感じて、わたし自身もその風景の一部になっているのだということを忘れてはいけないと思った。

黄色い蝶の話をして、眠る前に少し泣いた。

・2022.04.08

最近あまりニュースを追えていなかったけれど「イベントワクワク割」という言葉にえ?となり思わず検索した。不思議な国で暮らしてる。

・2022.04.07

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.04.06

仕事していたら、夕方巨大な何かが届き、ゆめさんが送ってくれた橘からの花束だった。いろんな季節が詰まった花束。サプライズで届いてびっくり。リビングが花で溢れている誕生日。引き続きhuman fall flatというゲームをやり続けている。あまりにもふにゃふにゃの体を操作して3D空間を登ったり降りたりしながら進んでいくゲーム。敵は存在しない。その体のままならなさがあたらしい体を得たような不思議な感覚で、もどかしさと癒やしが同時に現れる感覚がある。オンラインマルチプレイをしたらさまざまな場所から集まったふにゃふにゃの人たちが無意味な行動をして触れ合っていて、人間により近いフォルムをしているわけでもないし、言語を交わすこともできないのに、やたらと「生き物っぽさ」を感じた。

・2022.04.05

打ち合わせで、自分たちの熱量についてうれしい言葉を投げかけてもらって、春めいた陽気の中で足取り軽く帰宅。顔を合わせて打ち合わせをする機会が減ったからこそ、会って話した時間の記憶は色濃く残っている。家に帰ったらリビングの花瓶に花が飾られていて、手作り中華フルコースをいただいた。誕生日なので、という理由で午後早めに仕事を終えて、中華を食べながらノア・バームバック『イカとクジラ』を観て(だいすき)、switchの「human fall flat」というゲームで遊んだ。うれしい気持ちでいっぱい。

・2022.04.04

フィルムカメラが壊れたので、新しく京セラのSlim Tを購入。Yashica T4の日本版。ジャンク品ではないものの、挙動がやや不安定、でもなんとか愛していきたい。寒い日で、布団にくるまりながら仕事をした。clubで話題に出ていた大島弓子の『さようなら女たち』を久しぶりに。34歳はどんな歳にしようか、と考えていたけれど、毎年大晦日にかけて新しい年にしたいことを一生懸命考える割に、「何歳だからこれをしたい」については考えたことはあまりなかったことに気がついた。

2022.04.03

定期的に通っているサロンでマッサージ。気づいたら眠ってしまっていた。YUKI SHIMANEの展示会で久々ゆきさんとおしゃべり。時間の配分をミスってあまり滞在できなかったけれど、気になっていたニットとワンピースをオーダーした。ゆきさんの服は一枚ですとんと着るだけで気持ちが上がるのだ。これでまた冬への楽しみができた。タクシーでユーロスペースに移動して、楽しみにしていたカラックスの『アネット』。トキシックマスキュリニティや、子供への搾取、大衆による消費など現代的なテーマに切り込んでいたオペラ、想像していたイメージとちがっておもしろかったのだけれど悪夢のようでもあると感じて疲れてもしまい、道玄坂でちゃんぽん食べて帰った。

2022.04.02

お花見。こうやって友人と集まるのは本当に久しぶりで、トイレに行って帰ってくるときに満開の桜と公園に集っている幸せそうな人々の姿を見て現実なのか?と思ってしまった。一つひとつの時間が奇跡みたいに感じられてしまう。こういう時間が当たり前になってほしいという気持ちと、奇跡みたいに感じられるのもうれしいことだなあという気持ちもある。

2022.04.01

歯医者に行ったら、ずっとお世話になっていた先生が大阪へ行ってしまうので今日が最後になるかもしれない、ということだった。絶望的だった虫歯の根っこの治療を経過を説明しながら丁寧にしてくれた、すごく好きな先生だったから素直に寂しい。こういう深い関係ではない絶妙な関係の人との別れがあるとき、連絡先を交換するわけでもないし、会いに行きますねってほどでもなくって、ほんとにもう二度と会わないのかとはっとする。どうにかすればなんだって連絡がとれてしまう今、そうした出会いの積み重ねで生きていることを立ち止まらないと忘れてしまう。

谷口奈津子さんがトーチに掲載していた読み切り「卯月ちゃん」よかった。短いけど泣いちゃった。嘘つかないことがいいことなのか、友達ってなんなのか。

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