2022年8月の日記

・2022.08.31

不安定な天気、あと数時間でいいから一日の時間が伸びてほしいと願いながらひたすらに仕事。慌てて夕飯を食べようと思って、にんにくをレンジに入れてあっためていたらぼんやりしていて煙が立っていた。わたしはレンジと相性悪い、絶対。右腕にある消えない火傷の跡もレンジにやられたものだし。焦げた香りが過去の悲しみを無駄に連れてきて、涙が出てくる。絶望的な気持ちになっていたら生理がきて、悲しみを生理のせいにできて少し気持ちが落ち着いた。

me and you clubで詩や短歌について話す会。斉藤倫さんの『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみみがおとなになるまえの詩集』をあげている人が何人かいて、わたしも読もうと思った。まだ読んでいなかったとしても、見ていなかったとしても、していなかったとしても、何かを読みたい、見たい、したい、と思えるということ自体にだいぶ救われる。わたしは笹井宏之さんの話をしたけれど、もっとこういうふうに伝えられたらよかった、など後でうじうじ考えていた。

・2022.08.30

ずっと忙しい日々が続いていて、できていないことばかりで(もちろんできていることもあるのだけれど、そっちにばかり頭が持ってかれる)、疲れない頭と身体がほしい。夜、何もできなくなってしまってベッドに寝っ転がりながらひたすらプレイリストにいいなあと思う音楽を入れていた。好きなんじゃない、と言われて聴いたNINAのRESUSという曲が好きだった。あとはMoontypeというシカゴのバンドが出した去年のアルバムが改めてすごく好きでたくさん聴いている。好きな音楽について、何かもっとその好きをどうにかしたいのになかなかできていないなと思ったりしている。

・2022.08.29

一気に涼しくてちょっとうれしい。一日に何度も「涼しくてうれしい」と言ってしまった。今年の夏は夏が嫌いになってしまうんじゃないかと思うほどだめで、だいたいずっとばてていた気がする。中華街でこの間買ったミルクパンのようなお菓子に牛乳をつけて食べて、昼はこのあいだポルトガル食材店で買ったマッサというパプリカを使った調味料でパスタ。気を抜くと一番近くにあるまいばすけっとに売っている、最適化された最低限の食材や調味料でいいやという気分になってしまうけれど、いつもと違った味は頭にいい感じに風穴をあけてくれる。

夜、晃生に借りてた郡司ペギオ幸夫さんの『やってくる』を読み終えた。認識と感覚のずれ、デジャヴュについて考えることが多いのですごく面白かった。トラックパッドで描いたゆるゆるの絵もたまらない。現実は不確実なもの、知覚できないけれど存在するものがどこかからやってくるのを待ち構えていたい。ミルクパンやマッサを食べながら。

・2022.08.28

快快のコーリングユーを観に、KAATへ。だいぶ久しぶり。快快の作品はずっと観たいと思っていたのになぜか観たことがなくて、この作品が初めて。鈴木志郎康さんのことは去年知って、家にある『どんどん詩を書いちゃえで詩を書いた』という本の存在感がすごくてずっと気になっていたのと、大道寺梨乃さんの映画が気になっていて、ごちかさんが編集されてる「分担とパッチワークのフェミニズム──パフォーミングアーツと女性のライフステージ」という記事を読んでさらに気になっていたこと、テンテンコさんが出ることなどが重なって即予約した。

鈴木志郎康さん、詩というものに対する大きなリスペクトのなかで動いていく作品。わたしというものの存在、つながっていない電話の受話器に呼びかける声、嘘のきゃーとほんとのきゃー。ここにいるわたしから、ここにいないあなたへも届くかもしれないという希望のような気持ちが湧いた。あるいは逆でも。演劇はたまにしか観なくて、もっと観に行きたいと思っているけれど、観に行くたびに身体で受け取ったような感覚を覚える。高橋くんにあった。

KAATと中華街ってこんなに近かったのか。中華街は何度も行ったことがあるけれど、裏道をうろうろするのは初めて。まわり続けていたパンダの人形は来年もまわり続けてるのかな。

・2022.08.27

イメフォで『WANDA』を観た。すごく好きな映画だった。自分には何の価値もない、何もない、そういう気持ちに駆られることがある。ずっとうっすら自信がなく、卑屈なこの状態がつくられたのは、一体何のせいなんだろう?自信がない状態だと、たとえどんなことでも褒められるとうれしくなるし、依存してしまう。そういうことがわたしにもあったから、ワンダと自分を重ねながら見ていた。自分の足で歩いていけないというときに、「自分で自分の道をすっくと歩いていきなさい、わがままでいいのだから」というメッセージは、救いになるときもあるけれど、場合によっては自分を苦しめるときもある。最近たまにそういうことを感じる。ある程度の自信を持ち合わせながら、自分というものをしっかりと持ち、それを突き通すことができる女性しか許されないのか?と。襲ってきた男から逃げて走るワンダのあの目が忘れられない。いろんな女性の映画が観たいな、と思ったし、強気でわがままでいられない女性のこともわたしは肯定したい。filmarksにすごく好きなレビューがあって、スクショした。

夜、家に帰ってから『愛の不時着』をちょっとだけ観た。おもしろそうだけれど主人公がどうにも好きになれない。もうちょっと続けて観たら変わるのだろうか。何かの話の拍子にくるりの『青い空』のMVを見て胸が張り裂けそうになった。1999年、11歳だったのか。

・2022.08.26

早起きして仕事。夜は晃生とマリカと一緒に浴衣を着て、夏の思い出にと楽しみにしていた大江戸まつり盆踊り大会に。亡くなったおばあちゃんが自分で簡単につけれるようにつくってくれた帯をぎゅっと締める。小学生のときに着てた浴衣、意外とまだ着れるんだな。時間を越えたような気持ちになる。盆踊りの、ループを繰り返して、少しずつ揃っていく感じが気持ちよさを感じる。マスクしてるから超暑くて汗だくになったけれど気持ちよかった。近くの居酒屋で飲んで、写真撮って帰った。そのあといろいろあって、深夜1時にgoogle meetを立ち上げた。話せてよかったと思う。

・2022.08.25

ゆめさんの家で発送作業三日目。日記は書けず。

・2022.08.24

ゆめさんの家で発送作業二日目。昔はこういうふうに朝早く出掛けて夜家に帰っていたのだった。ひさしくリモートワークをしているからとても新鮮。

・2022.08.23

ゆめさんの家でme and youの本の発送作業。みんなでいろんな話をした。

・2022.08.22

朝ゆみこさんとアイ溶けの収録で話していて、終わったあと涙が溢れてしまった。ここ最近ずっと「わたしには何もないかも」モードが強まっていたからこそ、というのもあったかもしれない。気を抜くとそのモードに落ちてしまうのはもう自分の習性として仕方がないことかもしれないけれど、一人ひとりが自分にしかできないことを持っているのだということを忘れずにいたい。

夜は清水晶子さんとの収録。「フェミニズムは楽しい!」という言葉に元気をもらう。話すことで力をもらうということを実感する一日だった。

・2022.08.21

喫茶店に行って読書をして、掃除グッズを買って家に帰り、あとはひたすらゆっくりしていた。インスタを開いたらパティ・スミスがアニメ『文豪ストレイドッグス』を日本酒を飲みながら見てて何これ最高じゃんとなった。なぜかパティ・スミスはアニメを見ないんじゃないかという気がしていたけれどそれも勝手なことで、みんないろんな面があるんだよなあ言ってないだけで、と思うとなんだか救われる。わたしのこのテキトーな日曜日も全然いいのでは?という気分になった。

・2022.08.20

神奈川近代美術館のアレック・ソスの展示を観に、葉山へ。電車に揺られながらちょこちょこ読み進めていた山崎まどかさんの『真似のできない女たち』を読み終わる。移動のときの読書って特に記憶に残ってる気がする。さまざまな時代を生きた、さまざまな女たち。もしかしたら全部が全部かっこよかったり、人から讃えられるような日々ではないかもしれないけれど、それぞれの生き方で生き延びている。そういう物語にもっと触れたい。あとがきのまどかさんの言葉が、車窓から見える風景とともに何度も思い出されそう。

展示は素晴らしかった。アメリカの資本主義社会からドロップアウトして社会から隠れて暮らす人たち、一方でコミュニティを大切にしながら生きる市井の人たち。場所と記憶、自然と人間、プロジェクトを遂行すること…まだ散らばっているけれど、大切に考えていきたいいくつものことを受け取った気がする。メモやノートなどがたくさん添えられた『Gathered Leaves Annotated』を抱えて帰る。夏休みにゆっくり読もう。

・2022.08.19

濃密な夢と共に目覚めた。夜、えりさんとひさしぶりにごはん。ゆめさんと三人で。昔、この三人で台湾に行ったけれど、あれからもう何年経ったんだろう。airbnbで宿を借りて、台北のTHE WALLでシャムキャッツとsunset rollercoasterのライブを観た。台南の古着屋さんをやっている子たちと仲良くなって、今もインスタで繋がってる。なぜか酔っ払って台北の居酒屋で飲みながら泣いてたよね、とか話してた。前が見えなくてとにかく闇雲に働いていた頃、あの頃CINRAで過ごした日々は思い返しても一番の青春だったと感じる。今日も人生のこと未来のこといろいろ話していたけど、あの頃を共にした人たちとはずっとこれからの話をし続けたいなあと思う。

・2022.08.18

ここ最近SNSをほぼ見なくなったけれど、元気があるときは粛々と差別的な発言をするアカウントのツイート報告活動をしている。地味な活動だけれど昔からずっとやっている中でたまに報告が返ってくるので、効き目は少しはあるのかもしれない。言論の自由がある、という言葉とともに差別的な言動を肯定しそこに存在している人を傷つける「有識者」の存在に悲しくなる。

夜は夏にやってみたいことについて話す会。近所のプールに出掛けてばかりだったけれど、いろんな場所のプールに行ってみたいな。

・2022.08.17

仕事の合間をぬって、アイコとお茶。原宿に資生堂パーラーできたの知らなかった。パフェを食べながら、なぜわたしたちはこんなにうじうじと悩んでしまうのだろうかと話す。元気が出た。調子が悪いときに、その話をただ受け入れてやさしい言葉をかけてくれる友人の存在に本当に支えられてる。だいぶ高い階にいたのにハトのような鳥が窓ガラスの側に止まっていて、こんなに高く飛べたんだねえと驚いた。

2022.08.16

「地図の土地名前が途中からから漫画」というメモが残ってる。すごい夢を見て、興奮して半分寝ている状態のときに書いたけれど、「漫画」ではなくおそらく「モンゴル」と書きたかったんだと思われる。地図を開くたびにどんどん違う国に進んでいける身体になっていて、モンゴルとフィンランドに行ったことを覚えている。かすかに何回か目覚めたけれど続きが見たくて二度寝も三度寝もしたのはひさしぶり。仕事中もその高揚感を引きずっていた。最近ゼルダの伝説をやっていてオープンワールドをあちこち歩き回ってたことが絶対影響している。あとは旅行に行きたい欲だろうなあ。

・2022.08.15

終戦記念日。テレビに映る戦争に関する番組を見ながら、おばあちゃんと会えなくなる前にもっとその頃の話を聞いておけばよかったと思う。夜は代官山蔦屋で黄身子さんとのトークイベント。いろんな感情があっていいし、関係性があっていいということを描き続けている黄身子さんの言葉はどれも優しくて、とても癒される時間。話すことが得意ではない、という意識がいつまで経っても拭えないからトークイベントはいつも緊張するけれど、終わった後のうれしい気持ちは他にかえられなくて、ここ最近呼んでいただくことが多くてうれしかったな。

・2022.08.14

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.08.13

台風がやってくるなか、あゆちゃんサリーちゃんと朝ごはん。雨雲レーダーを見て、あと何分後はちょうど雨雲がいないから家に帰るチャンスかもね、と言いながら結局話すのが楽しくって、昼くらいまで話してた。街が変わっていくことや、記憶の話。わたしは覚えることへの苦手意識がずっとある。自分がそう思っているだけでなく、誰かから忘れていることについて残念に思われた経験もある。そうやってどんどん忘れていってしまうのが怖いから、記録することに執着してるのかもな。話しながらそのことを考えていた。

見たい展示があったけれど、台風がくるから家でじっとしてた。最近読み始めたばかりのジェニー・オデルの『何もしない』のタイトルが目に入るたびに「何もしないをやろう」という気持ちになれていい。机にずっと置いておいたほうがいいのかも。あと何分あったらあれができるのに、とか、みんなはこういうふうに時間を使ってるのに、とかそういう考えから逃げ出して、ほんとはめいっぱい時間を無駄にしたい。あんまりやることを決めずに、思うがままに過ごしていたらだいぶ気持ちが回復してきて、何かをやりたいなという気持ちが芽生えてきた。

夜21時くらいに家を出て、イメージフォーラムへ。Heavenlyを聴きながら。風はだいぶ強いけど雨はほとんど降ってなくて、涼しくて気持ちがいい。『マイ・シークレット・ワールド』のトークに呼んでもらって、チコさんと初めてお会いした。グッチーズの二人も優しくて、トークの前後も含めてうれしい時間。この映画もまた、やりたいことをやっていいんだよという気持ちを思い出させてくれる映画で、配給したいという気持ちからサラ・レコーズに連絡をしたというチコさんとの話からも力をもらった。あといつまでもやっぱり音楽を好きでいたいし、いるんだろうなとも思った。いただいた夙川クッキーローゼと『アザー・ミュージック』のトートを抱えて帰宅。

・2022.08.12

昨日一日休んだらだいぶ回復して、今日も休むことにした。好きなことが好きだと思える感じが少しずつ戻ってきた感じがする。本も読めるようになってきた。夜、2年ぶりくらいに会う大切な人たちとごはん。じわりと幸せな時間だった。なかなか行かない街に行ったのもよかった、帰りの電車でだいぶ酔いがまわってしまい眠りについた記憶がない。

・2022.08.11

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.08.01〜10

このあたりはずっと心身の調子があまりよくなかった。たのしかったりうれしかったりする瞬間もいろいろあったけれど、だいたいがぎりぎりの状態だったので特に何も書いていなかった。ここではない個人的な日記に書いてあることはいろいろあるけれど、公開している場所に何かを書きたいなと思う気持ちになれかったから、特に何も書かないでおく。

2022年7月の日記

・2022.07.31

小中高の友達、えみちゃんの披露宴。昨日買った黒いワンピースに、sisi joiaのガラスのネックレスをつけて出かけた。席次表を見て、名字が変わっている子が多くて一瞬誰だかわからなかったけれど、名字は変わっていてもみんな全然変わってなくって、見た目もそうだけど話し方とか話すスピードとかって本当に変わらないんだなって思う。えりちゃんのスピーチを聴いて、えみちゃんとよく話し足りないから遠回りして帰っていた頃のことを思い出した。懐かしいな。初めて新郎新婦が自分のPCでスライドを操作しているのを見ておもしろかった。

どうしてもヒールがなくて15年前に就活の時に買ったパンプスを履いて出かけたけれど、流石にもうだめだろうと思ってゴミ箱に捨てた。次の誰かの結婚式までに、新しいのを買わなきゃね。

2022.07.30

渋谷で『リコリス・ピザ』観た。どうしても惹かれてしまい、気にかけてしまい、いろいろむちゃくちゃで整合性なんてとれてないまま一緒に駆け出してしまう感じってやっぱりいいよね。好きなシーンがたくさんある。70年代ってたったの50年前だけれど、おいおい大丈夫かよと思うような性差別的な、人種差別的な態度をカジュアルに投げかけるシーンもあって、実際に当時はそうだったんだろう。15歳でウォーターベッドのビジネスを始めるっていうのもむちゃくちゃに感じるけれど、実際に元ネタがあるらしいし。変化の過程にいるんだなあわたしたちは。アラナ・ハイムも最高だし、トッド・ラングレン聴きたくなった。

気持ちがよくシネクイントを出て、ロフトの前の階段に一匹のカラスがずっと佇んでいて、人間一人ひとりに何か訴えかけてるみたいだった。ここ数ヶ月でこれまで景色の一部のように感じていた鳥が日常のなかにぐんと入り込んできているような気がする。明日の結婚式に着ていく服がないなあ、と思って渋谷をぐるぐるとまわったけれど、欲しいものが見つからず。シンプルな黒いノースリーブのワンピースと、ついでにビルケンシュトックを買った。コンクリートが照りつける炎天下、人混みにも酔ってしまいぐったり。25年間くらいずうっと渋谷に通い続けていたけれど、もうほとんど行くことがなくなっちゃった。変わり続ける景色を愛せるのだろうか。

2022.07.29

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.07.28

夏バテと、仕事がかなり忙しいのが加わり、バランスがとれなくなってしまっている。うーん。三省堂から出ている大図鑑シリーズがすごく良くって、まずは『哲学大図鑑』を買った。お風呂あがりとかにぱらぱら読んでる。長い歴史の中で長く語られ続けているこれまでに存在してきた思考の体系の壮大なマップが頭の中に入る感じがしておもしろい。

・2022.07.27

夜、きみちゃんと新宿高島屋で矢沢あい展へ。わたしたちはなぜだかよくNANAの話をしていて、かつてNANA会という謎の会もしていたのだけれど、大規模なイベントがあるということで楽しみにしていた。会場はすごい人で、矢沢あい作品に出てきそうなファッションの子もいたりして、何よりみんなが楽しそうなのがよかった。小学生のとき、CUTiEで連載していた安野モヨコさんの『ジェリービーンズ』とZipperで連載していた矢沢あいさんの『Paradise Kiss』、そこから買い揃えた『ご近所物語』がバイブルで、その後の自分に大きく影響を与えていたのだなあと原画を見ながら思い返していた。小学生の時、女子校で制服で通っていて「女の子らしく」と言われることが多かったこともあって、見た目もまったく違って好きなものも違ってまったく異なる性格のさまざまなジェンダーの人たちが集ってる姿は本当に眩しくて、憧れていたんだよな。NANAも、奈々とナナのオリジナルな関係性に刺激を受けていた。ああこの話で何時間でも飲めそう。読み返したい。

ドラマ『おい、ハンサム!』にも出てきた新宿三丁目にある居酒屋でももちゃんも一緒に飲んだ。かぼちゃの刺身初めて食べた。

・2022.07.26

だいぶひどい夢を見て起きた。そういうこと多いな。夏バテなのか何なのか心身ともに疲れがひどくて、ぎりぎりな感じ。夜、clubのイベントでzoomで喋ったりしたら少し元気が出た。

・2022.07.25

仕事でばたばた。

・2022.07.24

あまり行ったことがない場所に行きたいと思って、晃生と一緒に川越へ。猛暑日、人混みにくらつきながら、駐車場でぽつんと手相占いをやってる人がいるので一緒に見てもらった。感情線を見て「びゅーーーーーんと伸びていますね」とやたらと褒めてくれてうれしかった。「S.L.V.G」(スーパーロングベリーグッドの略称とのこと)、「飛び抜けていらっしゃいますネ!Tb.」と紙に書いてもらった。飛び抜けているのでそのままで大丈夫とのこと。よくわからないけど、このままでやっていこうと思う。

・2022.07.23

朝起きたらだいぶ調子良くて、届いた抗原キットを試してみても陰性で安心。熱も平熱だった。何だったんだろう?村田沙耶香さんの『信仰』を読み終える。晃生と絶滅についての話。そういう話ばっかりしてる、決して暗い気分でというわけではなくて。市民プールで平泳ぎの練習。YouTubeで泳ぎ方について学んでいたこともあって、前よりも少し「できた」という感覚があっておもしろい。歳を重ねれば重ねるほど何かができるようになるという瞬間とは縁遠くなるから、小さいことでもいいからできる感覚を増やしたい。気づくと「できない」に押し潰されそうになるから。

昼ごはんはシズラーでバイキング。コロナが流行る前に両親とお兄ちゃんの家族とバイキング行ったなあ。昔おばあちゃんと行ったバイキングのことも思い出した。その日に親と喧嘩したことも。もう何年前のことだろう?バイキング、という一つのキーワードで忘れていた記憶が次々と引き出される。桜新町の小川珈琲に自転車で行って、おしゃれな珈琲を飲みながら『くらしのアナキズム』を読み終えた。ごはん食べながらNetflixでキューバのドキュメンタリーを観た。

・2022.07.22

昨日やらなくてはいけないことが抜け落ちてしまっていたことがわかってかなり落ち込む。自分が信じられなくて、こうやってミスは起きるんだなあと思った。熱を測ったら37.5度で、いよいよやばいのではないかと思って、発熱外来がある病院に電話をしたけれど、どこも空いておらず。世田谷区のサイトに載っていた病院リストのpdfをじっと見つめながら、もっと困ってる人はもっといるんだろうなと思い、代わりにあれこれ検査キットを申し込んだり買ったりした。

・2022.07.21

熱っぽくて測ったら37度を越えてた。コロナの感染も広がってるし不安。夜、曽祖父の自伝を読み進めていた。政府もメディアも軍拡を推進しようとしていた時代に軍縮を呼びかけていた、ということがわかったのが嬉しい。詳しいことはまだ知らないけど。

・2022.07.20

昨日の夜、菅啓次郎さんの『本は読めないものだから心配するな』を読み終えた。この本もまた旅に出たくなる本だったな。そしてベッド横に積まれたまだ1ページも読めていない本たちのことや、昔好きだったはずなのにまったく覚えていなくて説明ができない本たち、映画たちに対して、どこかずっと抱えていた後ろめたい気持ちがさっぱりなくなった。本の中で読書によって頭の中にものを考えるリズム感覚や空間が作られているといった多和田葉子さんの言葉にも触れられていたけれど、それを読んでとてもしっくりくる感じがした。

・2022.07.19

最近My Analog JournalというYouTubeチャンネルでいろんなジャンルの音楽聴きながら仕事するのが楽しい。クンビアの癖になる感じがたまらなく好き。音楽ってやっぱりいいよなあ、という気持ちになって11月にあるFESTIVAL de FRUEのチケットを取った。Fire TalkからPACKSのレコードも届いて、マッチ箱とTシャツも入ってた。かわいい。毎月ちょこちょこ好きなレコードを買っていて、それがそれぞれの土地からわたしの家に時間をかけて送られてくるということにすごく喜びを感じてる。あちこち旅行に行きたい気持ちが高まっている。

・2022.07.18

朝コンビニでゴルフバックのような大きい荷物を持ったおじさんが道を塞いでいて、後ろをすみません、と言いながらすり抜けようとしたら「言えよ!」と怒鳴られた。なぜこんなにいろいろ言われやすいのだろうか、見た目を変えないまま誰にも舐められない強靭なオーラを発したいとたまに強く願っている。楽しみにしていた『わたしは最悪。』を観たけれどわたしは全然はまらなかった。フェミニズムの扱い方に個人的に違和感を抱いたのと、出てくる人のことが全然愛せなかった。なんでユリヤは友達が全然いないんだろ。自分のことを考えるとめちゃくちゃな恋愛の裏には友達の存在が常にあった。自分が大切にしたいことが浮き彫りになってよかったのかもしれない。

美容院で髪きって、もやもやが少しすっきり。その後行った喫茶店で横に座った二人の女の子のおしゃべりが時々耳に入ってきたけれど、一人が深刻そうな話をしている中で、もう一人が「気にしすぎだよ、みんないろいろあるけど普通そんな一個一個真に受けないよ」といったことを言っていて、そういうふうに「普通」で片付けられてしまった悩みはどこに行くんだろうなと思った。

下北沢のAngie La Laという古着屋さんに行って新しいワンピースを買った。Micachu、ロンドンで観たTirzahのライブ、Devotionはすべての女の子のための曲だよね、という話。夜ごはんはこないだタクシー運転手さんに教えてもらったお店で魚を食べた。いい店。

・2022.07.17

近くの駅をぶらついて、文房具やスキンケア用品をこまごま買った。うれしい。かわいいからという理由だけで熊型と白鳥型の鉛筆削りを買った。最近、物欲がよくわからなくなっていたから何か欲しいものが湧いてきたときのうれしさを感じた。昼ごはんはインドカレー。手で食べるとおいしいらしくてわたしも今度やりたい。

・2022.07.16

YouTubeでライブ観ながらリビングで作業。BADBADNOTGOODのtiny desk concert気持ちよかった。続けてmen i trustとking kruleのライブ。夜は下北沢B&Bで安達茉莉子さんとのトークイベント。わたしもむき身でありたいな。

・2022.07.15

どしゃ降りの雨。タクシーはいくら呼んでもこなくって、電車で少し移動してからやっと乗ることができた。運転手さんに「甘いものは好きですか?」と聞かれ、最近は以前に比べてタクシーで話しかけられることがあまりないからびっくりして「まあまあ好きですが…」とおどおど答える。それに対して「たけのこときのこだったらどっちが好きですか?」と聞かれ、たけのこ、と言うとたけのこの里を2パックくれた。「僕は甘いもの全然好きじゃないんですがね、コンビニに行ったら目が合っちゃって…」「こんなに大量に買ってしまったんですよ」と袋に大量に入ったきのこの山とたけのこの里を見せてくれた。なぜ。張り詰めてた気分が和んだ。通る道沿いにあるおすすめのお店もたくさん教えてくれた。タクシーでうれしい経験をするのがひさしぶり。

大切な人たちと、なんだか夢みたいな夜を過ごした。夢と偶然と音楽と。波照間島に行ってみたい。

・2022.07.14

me and youのニュースレターで書きました。

・2022.07.13

体力なくて泣ける。こんなんで、この仕事やってて大丈夫なのか?と2日にいっぺんくらい思っている。苦手なことばっかりで、これが得意だよと言えるものもない気がして。そんな気持ちに駆られている時にJoanna Sternbergの「You Have Something Special」が心に染み込んだ。好きだと思うもののことをもっと大事にしていきたいよ。

わたしだけが真実を知っている、知らない人は馬鹿だ、となってしまったらおしまいだよ、と思う。いつまでも知らないことやできないことを大事にしながら揺れていたい。

・2022.07.12

腹痛に悩まされてるし、夏バテ気味だし、仕事はぱつぱつだし、自分の日常を守るので一杯一杯である。政治のことも社会のことももっと考えたいのに…とまとまらないことばかり。

・2022.07.11

選挙の開票速報をあんまり見てなくて、仕事しながらちょこちょこニュースを見る。やっぱり自民党がそれだけ占めるのか。参政党への違和感についてはいまたまたま読んでいる『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』にヒントがあるような気がして、続きを読み進めていきたい。夜は収録だった。

・2022.07.10

昨日の夜、酔っ払って小難しい話を3時くらいまでしてて、その熱量が消えぬまま朝起きて、なんだか嫌な言い方をしてしまってすごく反省した。正しさを振りかざすような、そういうのは全然好きではないのに、なぜか一辺倒になってしまっていた。気を取り直して選挙会場の小学校へ。いつもより並んでいる気がして、投票率上がったのではと期待してしまう。抱きかかえられた子供が投票用紙を入れようとして注意を受けていた。あの子は2100年くらいまで生きるのかなあ。

終わってから目黒区総合庁舎の建築を見に行くことに。最近『名建築で昼食を』っていうドラマをごはん中に見ていて気になっていたのだった。建築家は村野藤吾。裏口から入ってしまい、目黒区民の選挙会場、ワクチン会場の横をぐるぐるする。やっと見つけた立派な入口、天窓のガラスと階段のカーブが美しい。街中にあって見過ごしているいい建築をもっと見たくなった。青山目黒で『Accumulations / 蓄積』。点々と散らばる作品の余白が心地よくて、近頃凝り固まっていた頭にちょうどよかった。そのあと立寄った喫茶店は常連客しかいなくて、「安倍さんの統一教会の話ってさあ!」と大きい声で話している。SNSではない場所でリアルの人間がこうした話題を話しているのに出会っておっという気持ちになる。

駒沢に移動しようとしたら違うバスに乗ってしまって、ちょうどいいので銭湯へ。冷たい水風呂に浸かってここ最近の疲れがどこかにいった。無事駒沢にたどり着いて駒沢公園を散歩、Skoolって店に寄って帰宅。足がどうしても限界でタクシーに乗った。

社会のこと政治のこと、そこに絡んでいる宗教のことなど、あまりに知らないことが多すぎて途方もない気持ち。常に追い続けるのも精神的に難しくて、心のバランスも大切にしながら、調べたりしていきたい。

・2022.07.09

映画のチケットをとっていたけれど、新宿まで出かけるのにかなりハードルを感じてしまい、行くのをやめた。選挙前前日だから、ニュースを見たりいろいろ情報収集に時間を使おうと思ったりもしていたけれど、仕事の忙しさや連日のニュースに心がやられてしまい、無理せず何より自分の感情を最優先することにした。代わりに下北に行って、ラーメン食べて、古本屋へ。花屋に入ろうとしたときに鳩と衝突した。鳩のほうも「えっ」って感じでびっくりしていてちょっとかわいそうだった。

夜、まりかがうちにきてみんなで料理つくっておいしいワイン飲んで、楽しかった。映画の予告とかピッチフォークフェスの映像見ながら。好きな音楽についてあれこれ書く交換日記タンブラーをつくったので更新がたのしみ。

・2022.07.08

12時までにやらなくてはいけない仕事があって、かなり慌てて作業。ばたばたしてたらリビングからニュース速報が聞こえて、安倍元首相が撃たれたということ。ニュースを見たかったけれど時間と戦っていたのですぐには調べられず、そのあとあった打ち合わせで「安倍さん撃たれたらしい」という話をした。現実感のないニュース。政治家が撃たれたり刺されたりする話はどこか遠いところで起きているように思ってしまっていたけれど、こんなに近くで起きている。しばらく動揺してしまった。しかも、この選挙期間に。数日前にNITRAMを観て日本の銃規制について調べたばかりだったから、なおさら恐怖を感じた。テレビやSNSで流れる映像や画像がショッキングすぎて、これを流すのはいけないだろうとも思った。不安で動悸がしたし、そういう人も多かったんじゃないかな。

夜は宮沢和史さんをお招きして、クラブヒルサイドで沖縄についての勉強会。歴史として残っている大きな出来事の周辺には、そこに書かれていないさまざまな人たちの思いや行動も存在していて、一言では言い切れないことが多く、そうした部分に対して目を向けていく重要さを仰っていて、希望が湧いた。自分が興味を持てることから好奇心を持って知っていく、ということについても。特に絶望的な気持ちだったからこそ、この話をいま聞けて良かったなあと思う。

会が終わったあと、ニュースを見たら安倍さんが亡くなったとのこと。彼が行ってきた政治に思うことは多々あるとは言え、こういう形で命が奪われてしまうことは本当に残念だし、恐ろしい。けれど、これだけ大きな出来事があってもそれでもわたしたちの日常は続いていくし、なおさら暴力も差別もない社会であってほしいという願いを持って選挙に行く人が少しでも増えたらいいと思う。ヘイトや勝手な推測による断定的な意見にも溢れているので、SNSとはしばらくまた距離を置こう。

・2022.07.07

朝7時集合で夕方まで撮影。ほぼ全員女性のチーム、しかも同年代が多くてとてもたのしい。予定より早めに終わって、へとへとで帰宅。疲れ果ててチョコレートで糖分を満たしながら帰った。家帰ったら晃生がケリー・ライカートの『リバー・オブ・グラス』観てて、最高!と思ってレモンのアイス食べながらソファで寝そべって観てたけれど、いつの間にか眠ってた。なんとか這い上がっていろいろ乗っけた中華麺を食べて、少しだけ仕事。

・2022.07.06

ニュースを見ると、大丈夫なの?と思うほどの自民党党員による差別的な発言の数々。ため息ついちゃう。異性を愛して結婚して子供を産む人の権利が守られるべきであることと同様に、同性を愛する人も結婚しない人も子供を産まない人の権利も守られるべきで、そのつもりがないのによく「誰もが生きやすく」なんて言葉を軽々と言えるな、という気持ちになる。

明日の撮影に向けて近所のおばあちゃんがやってる花屋兼雑貨屋でお花を買った。オレンジ色のガーベラを買おうとしたらこっちがいいよ、とピンク色のガーベラを渡してくれたので両方買う。いつからやってるんですか、とやっと聞けた。昭和40年からだそう。

・2022.07.05

ゆめさんと最近考えていることについて話していたら3時間くらい経っていた。歴史について話すことがここ1年くらいですごく増えた気がする。夜はme and you clubで選挙に向けて考えていることについて話す会。会社員のときに会社で選挙について話すことはあったけれど、党の政策にまで踏み込んで話すことは全然なかったように思える。政治について話すことが特別なことではなく当たり前だというムードを少しずつ重ねていくしかないのだろうな。個人的には政治思想が異なる人ともっと話してみたいなという気持ちがある。

・2022.07.04

昨日の夜観た『NITRAM』、よかった。実際にオーストラリアであった無差別銃乱射事件をモチーフにしていた作品。事件を起こす男性も、その母、父も、特別な「悪人」ではまったくない。恐ろしい事件は少しずつ掛け違えていったことで起きてしまうのであって、いかにそれを防ぐことができるのか。この事件で世界中で銃規制が進んだそうだけれど、いまだに世界中で銃による事件は数多く起きていて、日本は銃規制が厳しい国でそれは良かったなと思う。この映画では「男らしさ」の功罪についても描かれていた。監督のインタビューによると、オーストラリアはサーフィンができてタフな感じではないといけないみたいな風潮があるらしくて、国によって異なる男性性の強要があるんだろうなあ。

自民党の改憲草案が本当にいやすぎて、これから日本はどうなっていくんだろうと不安でどうしようもなくなる。机に置かれた選挙公報も、一部に差別的とも言えるようなメッセージが見られていやになる。そんななかで宇野重規さんの『未来をはじめる「人と一緒にいること」の政治学』がすごく面白い。互いに異なる人たちが共に暮らしていくために、という視点から政治を考える講義。こういう授業をわたしも受けたかった。

・2022.07.03

ヨーグルトに冷凍のブルーベリーやストロベリーを入れて、はちみつをかけて食べるのにはまっている。朝ごはんのあとは洗濯して、掃除して、最近読んだ本を記録する作業と、いくつか調べもの。あっという間に時間は過ぎていく。このあいだ仕事で年表をつくる必要があって、その過程ですごく頭が整理される感じがあったから、社会の出来事や重要な作品などを俯瞰して眺められるような年表をつくりはじめたらすごくたのしい。少しずつ進めていく。

外はじんわりと湿った空気、暑すぎる日よりはまだましなのかな。二子玉川に遊びに行った。ベイビーブローカー観たかったけれど席が埋まってしまってて見れず、いろいろ店を見てまわったけど靴下と番茶しか買わなかった。ヤマハで電子ピアノがほしくなったけれど、アコースティックギターも全然練習してない身で買えるはずない。立ち寄った居酒屋がおそろしく静かで、思わずウィスパーボイスになったら、店員さんもウィスパーボイスだった。下高井戸シネマで観たかった『NITRAM』がU-NEXTにきてたのでこれから観るところ。

・2022.07.02

プール。クロールもろくに泳げないのに平泳ぎが泳げるようになりたい、と試みたけれどどうにも沈んでしまう。手と足はばらばらに考えたほうがいい、とアドバイスを受けて試みたけれど、全然できなくて笑った。プールって不思議な場所だ。普段、道を歩いててすれ違うときにはこんなに他人みたいなのに、同じ水に浸かっているとそうではないように思える。盆踊りみたいに手を振りながら水中ウォーキングをするおじさん、この間もいた人かな。リュックに水着と本をいっしょにいれていたら、しわしわになってしまった。公園でスケボーする人を眺めて、カレーを食べた。

家帰って、和室で扇風機つけて軽く昼寝。そのあと、やらなくてはいけない原稿を書いたりする。6月ばたつきすぎて選挙のことを全然考えられなかったから、いろいろ書き出した。東京選挙区は絶対山添拓さん、比例は超悩んだけど社民の福島みずほさんにする。「誰もが」という言葉を使いながら一部の人のことしか考える政治ではなく、すべての人が生きやすいように目を向ける政治がいい。『ヒヤマケンタロウの妊娠』の最終話。最後、檜山健太郎がいいこと風のことを言ったときに、同僚たちが「それは女性がみんなやってきたことだから〜」みたいなことを言うシーンがよかった。女性の視点も男性の視点も両方しっかりといれながらつくられたドラマのように感じて、これ見てやんや話す会楽しそう。

・2022.07.01

me and youのニュースレターで書きました。

2022年5月の日記

・2022.05.31

朝からレディ・バードをひさしぶりに見直してぼろぼろ泣いてしまった。収録でもその話をした。

・2022.05.30

夜、フェミニズムについて話す会。母親との関係の話になり、最近わたしたちのスリープオーバーの収録も母と娘のことをテーマにしているだけあって、母とまた話したくなった。

いままで誰かと話したことがなかったことについて少しずつ話し始めるときに、嬉しさとともに、ああこれはきっと誰にも話さないだろう、書かないだろう、ということも頭に浮かぶ。それは大事にとっておきたい、ずっと。

・2022.05.29

ひろみの家族とアイコと晃生と公園でだらだら、この間までトーマスが好きだったはずのこたは今はまったく興味がないらしい。うちの甥っ子もそうだった。変化のスピードよ。最近好きな人と会えている!という実感があり、なんでもない時間が愛おしい。

・2022.05.28

晴れの日の土曜の朝にしかない幸せ、窓から覗く青空を見て絶対自転車でおいしい朝ごはんを食べに行く、と決意。結局デニーズになった。暇だからウィキペディアでデニーズの歴史を調べる。1984年にアメリカ本社との提携関係は終了して、今は資本・業務関係はまったくないらしい。アメリカのデニーズは90年代にアフリカ系アメリカ人に対する各店舗での差別的待遇について起訴され、それにより差別撤廃を行い2001年に「マイノリティにとっての最良の企業」に選ばれたとか。窓際の席に座り、目の前に緑が広がっていて「海外旅行に行きたい」と言った同じ瞬間に後ろの人が「海外旅行が」と話し始めて、集合的無意識は存在しているのかなやっぱり。行きたい場所はあったけれど諦めて、本読んで寝転びて、豚肉を茹でてパクチーを乗っけて食べる丼をつくって食べた。

・2022.05.27

アイ溶けの収録、清水淳子さんと「伝える」ということについて話した日。夜、経堂のLUGEというお店で晃生とごはん。店の前は何回か通りかかっていたけれど、ドアを開けたのは5,6年ぶり。昔、2回ほど飲みにきたことがある。薄ピンク色の壁に看板がぼおっと光り、そこに蔦が絡まっていて、窓がないからドアを開けるのにちょっと勇気がいる。店は常連さんで賑わっていて、気取らない雰囲気が心地いい。こういうお店がずっと残り続けてほしい。

・2022.05.26

朝、歯医者。虫歯の治療が終わらない。こんなことになるのならこれまで適当な歯医者に行くんじゃなかったと本気で後悔している。夜はちさ・りおと中華可菜飯店。半年ぶりくらいにきたけど相変わらず可菜さんの料理は優しくて染みる。帰ってきた、という感じがする味。

・2022.05.25

夜ごはん、渋谷のサジヤで柏井さんとゆめさんとごはん。ワインがおいしい。近頃ちょこちょこ夕飯食べに行けるようになり、それがとにかくうれしくて飲みすぎてしまう。死生観の話になり、「これ飲んだら100年生きれます、という薬もらったとしたら飲みますか?」という唐突な質問を投げかけたりしてたのしかった。

・2022.05.24

あつことひろみと代々木上原のQuindiで昼ごはん。子供を育てる、ということを経験していないわたしはただただすごいなあという気持ちで話を聞いている。けど結局みんな何も変わってなくて、変わらないまま話題だけが変化していっている感じだ。安心する。仕事中なのでノンアルコールで。

ここ最近AV新法のことを調べていて、本当に知らないことばっかりでまだ言葉にもできない。その中で「AV新法とは何か?売春の「合法化」批判、セックスワーカーの「自己決定」」という記事がよく整理されていて学びが大きかった。性被害者の尊厳や人権を守ること、セックスワーカーを含めこの社会で様々な生き方をしている人たちが抑圧されないこと、それらが二項対立になるのではなくどちらも尊重されてほしいけれど、わたしはあまりに現場で起きていることを知らない立場なので、もっと踏み込まないとわからないことが多々あるのだろうと思う。現場でさまざまな問題と向き合っている方々への敬意と共に。

・2022.05.23

以前にも増してTwitterやInstagramを見なくなってしまった。前は友達の投稿は必ず見ていたけれど、最近はそれもほとんど見れていない。誰かのことを思い出したときに、どうしてるかなと思って見にいくことはある。それだとストーリーは消えちゃっててもう見れないのだけれど。誰かが何かをしている様子を常に知り続ける、ということが本当に必要なのか。プラットフォームの仕組みがそうさせているのに、必要以上に課されている気がしてしまって、それにちょっと抗ってみたいなという気持ち。TwitterもInstgramもサードパーティのアプリによって必要最低限の機能に絞れるようにカスタマイズできたらいいのに、と思う。

・2022.05.22

いい天気だったので、電車に乗って適当に降りる遊びをした。いつも車でどこか出かけるときにサービスエリアで立ち寄っている海老名、駅としては初めて降りたかも。駅前にはビナウォークという独特の雰囲気のショッピングモールが広がっていた。近くのイオンの屋上には「立ち入り禁止」の向こう側にただ草が生えていて、その手前にある鏡張りのドアを開けると映画館があった。完璧なショッピングモールの風景。その後は明治大学がある生田で降りて、駅前で買ったアイスコーヒーを片手に高台に登って、地元感のある神社でお参りをした。夜、焼肉屋に行ったらお土産として唐辛子と醤油と、ロシア語で暗号が書かれた紙をもらった。

・2022.05.21

中高の友達たちと葉山。それぞれ違う場所でいろんな暮らし方をしている中で、こういうふうにさまざま話せる関係が存在しているということにうれしくなる。当時グループが一緒だったとかずっと一緒にいたとかではまったくないけれど、20代の後半くらいからみんなの集まりに途中から参加して、もう何年経ったんだろ。LINEグループの名前はいまだに「鍋(+日付)」のままだ。幼いときに暴力を受けて通りかかった大人が助けてくれなかった話。当時エロい漫画がクラスで回ってて、その漫画がダメってわけではなくて、性教育受けた後で読んでいたらもっと違ってたんじゃないかなとか。経口避妊薬が配偶者同意が必要なことへの怒りとか、卵子凍結やった人の話とか、事実婚だと子供の苗字がまず母親の苗字になるのはなんでなのかとか、海外の性教育のこととか。

・2022.05.20

朝のみんなでルーティーンについて話す会。カルディのクロワッサン買いに行きたくなった。ずっと前にノートに書いていた「相反する気持ちを抱えることを肯定する」という言葉のことについて考えたりしていた日。

・2022.05.19

読み途中だったルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』を1,2話ずつ読み進めるのが夜のたのしみ。読書のたのしさを思い出させてくれる作品。一回読んで、ああ好きだなあという気持ちで、頭からもう一度読み返す。そのたびに魅力が増幅していく感じ。出てくる人物たちがみんな人間らしさがあるというか、多様な面があるからこそ人間は面白く、愛おしいものなのだということに気付かされる。その魅力は岸本沙知子さんの訳があったからこそでもあり、日本語で読める幸せに浸っている。読み終わっても『すべての月、すべての年』が待っている幸せもあるなんて。

・2022.05.18

クラファンのリターンイベント。母との記憶、自分の持つ加害性に関して。

2022.05.17

昼は収録、根本宗子さんと。久しぶりにお会いできてうれしかった。夜はme and youのクラファンリターンイベントで由芽さんと二人で喋って、初めは「1時間半も喋れるのかな…」とたくさんトピックを用意していたけれど、やっぱり時間がたりなくなるいつものパターンだった。過去の一つひとつが今に繋がっていて、一つも無視できない。たくさん話して眠たくなって、深夜に小さなライトだけ灯した部屋で聴くMolly Drakeがよかった。

・2022.05.16

夜、食事会で話に出た、子供にどうやってYouTubeを見せているか?という話。子育てしてる人と話すときによく話に出る話で、いま日本で一番幅広い世代に目に触れられているSNSはYouTubeなんだろうなあと思う。子供向けと見せかけて、卑猥だったりグロテスクだったりする動画を「エルサゲート」と呼ぶらしくて、家に帰っていくつか見てみた。つくるのに結構時間かかると思うのに、なんで時間をかけてつくりたいと思うんだろう。人間とは不思議なものだな。

・2022.05.15

恵比寿で用事があって、次の用事が学芸大学だったからバスで移動。案内のアナウンスが子供の声でびっくりしたけれど、なにかしらの周年の記念として近隣の小学校とコラボしたらしい。コロナ対策でしばらく座れなかった一番前の席が近頃座れるようになっていて、すぐに座った。一番前の席がなぜか大好き。小学生の頃、毎日バス通学していて、この席がお気に入りだった。この席で図書館で借りた手塚治虫のブッダをぶっ通しで読んでいた。他にもいろいろ読んでいたと思うけれどなぜかそのことをしっかり覚えてる。

学芸大学のポポットというガレット屋さんに、晴子さんと。メニューにはチーズ、ハム、玉子、など具材の組み合わせが無限に並んでいて悩むのが楽しかった。行き交う人たちがしっかり見える窓の広い喫茶店で話した話を、家に帰って何度も思い返していた。

・2022.05.14

美容院行って髪を黒くして、短めのショートにした。頭が軽くなって気持ちがいい、天気もいいし。アケルマンの特集が延長していたから『私、あなた、彼、彼女』を観た。マットレスを動かし、砂糖を貪り、手紙を書く姿。一つ一つのカットに息を呑み、心の奥の方が抉られるような気持ちで観ていた。トラックの運転手の男が、助手席でずっと勃っているような言葉の数々を放ち続ける姿に素直に嫌だなあという気持ちが湧き、例えば男性の性器がそもそも大きくなり挿入するというものではなかったとしたら、この世界を占めている考え方はどれだけ変わるんだろうということについて帰り道ずっと考えていた。

・2022.05.13

今年度の計画をいろいろ練っている。全体を見渡して発言すること、数字を見て検討すること、文章を構築すること、それぞれ脳の全然違った部分を使っているようで切り替えがかなり大変で、どうにもうまくいかないときがあるけれど、みんなどうしてるのかな。

この間から暴力について考えている中で、ロシアのフェミニストたちに結集を呼びかけるフェミニスト反戦レジスタンスのマニフェストを読んだ。「私たちは、戦争に反対する、家父長制に、独裁主義に、軍国主義に反対する。私たちは未来であり、私たちは勝利する」

・2022.05.12

Apple Musicを使い始めて、好きなアルバムを少しずつ登録している。昔iPod classicが大好きで、ホイールでくるくる回しながらこんなアーティストが好きでって友達と共有していたことを思い出した。同じストリーミングでもUIが違うとこんなにも体験が違う。Spotifyの方がどんどん無限にレコメンドされて、その精度も高くて、好きな音楽がどんどん見つかるのだけれど、中毒性が高い感じ。あと、どちらかというと1曲ずつ聴きたくなるUI。Appleは棚に一つ一つコレクションしていく感覚。Bandcampとかで買った音源も一緒に聴きやすい感じ。Spotifyに好きなプレイリストをつくっている人たちが何人もいるからまだやめないけれど、一つだけに依存しないことでいつ何が起きても変えれる身軽さができた気がする。

・2022.05.11

小さい頃、こんなにも技術が発達していき、歴史によって人々が学んでいくなかで、たとえ何かしらの争いが必要でも、人々を傷つける暴力が伴う戦争は必要が感じられずなくなっていくんだろうなとピュアな気持ちで割と本気で思っていたけど全然そんなことなくって、国家同士の戦争でなくても個人同士の暴力もなくならなくって、情報化によってさらにより一層かたちが複雑になっていたりして、暴力とは一体何なんだろうとぼんやり考えていた。大学でもっと学びたかった、と後悔することが増えてる。あまりにも頼りにできる知識が少なくて絶望しそうだけど、一つひとつ学んでいくしかない。

・2022.05.10

気づくと天気の話ばかりしている。天気予報に全然興味がなくて傘もいっつも持ち歩かずずぶ濡れで帰ってきたわたしが毎日天気を確認しているなんて、お母さん知ったらなんて思うだろう。

・2022.05.09

ゴールデンウィーク最終日。晃生と葉子さんと新宿のばがぼんどへ。すごくよい店でまた行きたい。解散したあと酔いがあまりよくないほうに向かってしまって少し大変だった。

・2022.05.08

実家へ。母親が自分の個人的な歴史と社会で起きた歴史をノートにまとめていて、これからやりたいことのヒントを親から得た気がする。最近、政治家だった曽祖父のことについて調べ始めた。これも、もっと前から曽祖父の文献などを読み進めている母の影響だ。

さまざまな社会の不安もあるし、好きだった海外旅行にも行けないしで、勝手にもっとこうできたらいいのにという欲求を抱えているんじゃないかと思い込んでしまっていたけれど、「悩みなんて全然ない」という母の言葉が意外で、なんかよかった。その人の感情や欲望はその人の中に存在していて、勝手に推し量ってはいけないのだと少し反省した。

・2022.05.07

晃生の誕生日、行きたい場所は?と聞いたところ「体験ができる科学館」ということでお台場のそばにある日本科学未来館に行くことにした。お台場はそばで肉フェスもビアフェスもやっててすごい空間だった。その手前には「ヴィーガンになろう 搾取から脱却しよう」のメッセージ。さらにその手前で、子どもが母親に対してあまりにもつらい言葉を投げかけている。その一つひとつに対して難しさを感じながら未来館へ。入場した時間が遅かったから十分に体験ができなかったけれど、ロボットの展示おもしろかった。スパイク・ジョーンズのherをひさしぶりに観たい。

・2022.05.06

家で仕事。ちょっとした違和感がある出来事があったのだけれど、すぐに言うのではなくぐっと飲み込んで、言うタイミングを考えようと立ち止まった。瞬発力のあるメッセージはいくら気づかっても棘が拭えないことが多いし、自分もだいたいあとで反省するのだから。最近買った新しい料理本に載っていた春巻きのレシピがおいしそうで、超久々の揚げ物。揚げ物ってサラダ油がこんなにもなくなってしまってかわいそうという気持ちになってしまうけれど、みんな家でどれくらいつくってるんだろ。だからこそお店ではせっかくなので揚げ物ばっかり注文してしまう。

・2022.05.05

7時、寝ていたら部屋に備え付けられたスピーカーからの巨大な音で目覚めた。「朝食ができています。早く降りてきてください」。合宿所なのか?と錯覚しながら朝食。大島の名所でもある火山の山頂や裏砂漠という日本で唯一の砂漠に行きたくて、いろいろとバスのルートを検討したけれど、どうしても時間のパズルがはまらず、二つとも諦めることにした。もともとわたしはその二つに行きたかったから大島を選んでいたけれど、意外と諦めがいい。それもそれでまたたのしいかなと思える。

泉津という地域へ。森が広がる神秘的な場所で、泉津の切り通しという場所を抜けて森をどんどん進んでいくといくつもの廃墟、つきあたりに害獣だと言われるキョンが二匹いて、こっちをそおっと怯えた表情で見ていた。射殺されると思ったのかな。それもずいぶん幻想的な風景だったけれど、その後に行ったそばにある波治加麻神社も静かな森の奥にある無人の神社で、このまま現世に戻れなくなるような不思議な力がある場所だった。

帰りのジェット船、旅の帰り道にしか感じられないこの感情ってなんなんだろうね、という話。もう忘れかけていた、だいぶ昔の飛行機、新幹線、高速バス、いろんな旅の帰り道の感情が思い出された。

・2022.05.04

朝早起きして伊豆大島へ。3日前くらいに思い立って申し込んで、宿が全然空いていなかったからどこの宿になるのか直前までわからないプランに。ジェット船であっという間に到着した。伊豆大島動物公園にいたゾウガメの表情が、この世界のあらゆる感情を見てきたような豊かさで、気づくとぼうっと見続けていた。島を巡れるバスに乗り放題のチケットを買って、予定を立てずに適当にバス停で降りてみる。貝の博物館ぱれ・らめーるという施設で自分たちが生まれるはるか前から存在している貝たちを眺めて、その帰りにバスの窓から名所でもある地層大切断面を見た。何万年も前から存在しているものたちを目にすると、自分の存在、人間の存在の小ささを感じることができて心地がいい。

泊まった宿の食事がお世辞にもいいとは言えなくって、味というよりかは愛のなさに悲しくなり、早めに片付け外のお店へ。どこも満席で、海沿いのテラス席で食べる。肌寒いから日本酒を熱燗で飲んで、料理がおいしいだけで心からうれしかった。近くのスナックに立ち寄ったらさっきの店で遠くに見えたカップルがいて、後ろの席の男の子たちが選んだエド・シーランをみんなで歌った。

2022.05.03

シャンタル・アケルマンの『囚われの女』。監視やさまざまな形の囚われによって自己が徐々に奪われていき、自分の意思とは反して相手に委ねざるを得なくなること、について映画を観ながら考えていた。この気分でそのままデスパレード・リビング行きたかったけれどお休みだった。

・2022.05.02

あゆさんと話し足りなくって、立ち上がって上着を着て、靴をはいてドアを出るギリギリまで話していた。スーザン・アレン・トウスの『ブルーミング』読みたくって、帰り道に購入。今年こそ、好きな本の原著を少しずつ読み進めたいという気持ち。

Apple MusicとSpotify、どうしようかなあと思っていたけれど、1再生あたりの収益がこの記事によるとApple Musicは0.83円~1.06円、Spotifyは0.13円~0.27円だということを知り、アルバムを聴きたいときはApple Musicにしようと決めた。

・2022.05.01

アイ子と高速バスで市原湖畔美術館。あいにくの雨降りで一面真っ白の東京湾アクアラインを抜けて千葉へ。美術館の最寄りで一旦降りてタクシーを待っているあいだ、かなり寒いのにアイ子はミニストップでアイスクリーム食べてた。『金氏徹平 S.F. (Something Falling/Floating)』、自然と人為を問うシリーズ。1990年に高滝ダムの建設によって誕生した人工湖のほとりにある美術館で行われるのがあまりにもぴったりで、「“不安もしくは不安定な時代” という言い方がありますが、僕の知っている限りでも歴史的にも、そうでなかった時などないのではないかと思います」というメッセージが頭に残り続けている。

美術館の近くを散歩、藤原式揚水機という大きな水車があり、湖にも作品が浮かぶ。曇り空だったこの日は少しさみしげな雰囲気で、「懐かしい匂いがする」と辿った先にあるのがお墓だったりして、なんかそれもよかったな。🏠この絵文字にそっくりな家も発見した。湖沿いを歩いて辿りついた珈琲屋さんにはでっかいくまのぬいぐるみがいて、ゆっくり珈琲を飲んでいたら帰りの最終高速バスに間に合わなくなって、どうしようと思ったらタクシーの運転手さんが飛ばしてくれて、なんとか乗り場にたどり着いた。一本逃してたら大変だったね。

2022年4月の日記

・2022.04.30

たのしみにしていたシャンタル・アケルマン特集。『ジャンヌ・ディエルマン』がずっと頭から離れない作品で、超たのしみにしていたのだけれど、『オルメイヤーの阿房宮』も本当に大好きな作品になった。ベランダに生えた草木をむしり、覆いかぶせるようにショパンを歌い、白人教育をさせるのだと意気込むオルメイヤーの、ラストにかけての表情の変化。ニナが夕暮れに舟の上で煙草を吸う姿、「明日には忘れる」「愛は消えないよ」。

吉岡さんや映画館でばったり会った友達たちもいっしょに中華食べて、そのあと晃生とまりかちゃんと三人で原宿のメキシコ料理。借り物の言葉ではない、自分だけの言葉で、自身の考えをお互いに交わしていくその手順がなんだかすごく愛おしくて忘れられない時間だった。酔っぱらった。

・2022.04.29

どしゃぶりの雨。渋谷シネクイントホワイトでマイク・ミルズの『カモン・カモン』。「レコーディングする事の面白さは、平凡な言葉を永遠に残せること」という言葉が心に残った。とても感動した、感動したのだけれど、いくつか思うところがあって、そういう違和感も大切にとっておきたいなと思った。あれこれ意見を交わしながら帰っているとどしゃぶりになってきて、もう帰ろう、と家に帰った。

誕生日プレゼントに親からもらったホットプレートで焼き肉しながら、Apple TVでやっていたスパイク・ジョーンズが監督を務めたビースティ・ボーイズのドキュメンタリーを観てた。ヤウクを思う二人の姿。泣いてしまう。高校生の頃に武道館でビースティのライブ観たとき、オープニングアクトはLe Tigreだった。えりこと行ったね、懐かしいな。

2022.04.28

うまく話せない日だった。考えていることと、口から出る言葉がうまく一致しない日がある。頭と口がぴったりと意志疎通しあって、するすると気持ちよく話せる日もあるけれど、驚くほどうまくいかない日もある。

・2022.04.27

Mitskiがリリイ・シュシュの「グライド」(I wanna be〜ってやつ)歌っててびっくりしてだいすき、ってなっちゃった。

・2022.04.26

JAIHOで、『17歳の瞳に映る世界』のエリザ・ヒットマン監督による『愛のように感じた』を。性に関心が出てきて、自分のことを大きく見せたいけれどどうにもうまくいかない青春、なんとなくマリコ・タマキ『THE ONE SUMMER』と重ねながら観ていた。エリザ・ヒットマンが描く登場人物の感じがわたしはすごく好き。最近早く起きちゃうから、布団のなかで映画観てから目覚めてる。2年前くらいの今頃もたしかそうだった。

昔の日記をたまたま見つけて読み返していた。たまにそういうタイミングが訪れる。2019年に書いていた「ひとつの答えに収斂できない自分を許したい」という言葉、その背景にあったいくつかの出来事のこと。

2022.04.25

TVODの『ポスト・サブカル焼け跡派』を読み終えたけれど、本当におもしろくって読み終えるのが惜しい。アーティストたちの振る舞いと、社会との結びつきに関して、それぞれのシーンに存在している空気のようなものはやんわり感じていたけれど、こうやって具体的な出来事などと紐付けながら説明してもらうと、くっきりと浮かび上がってくる感じがする。自分が文化芸術に関心を持ち始めて背伸びしながら追い続けていた90年代のカルチャー、中高時代に学校生活のなかで触れていた00年代のカルチャーについてその時代に起きていたことと共に振り返りながら、自分自身の意識の矛先や違和感の向かう先が10年代、20年代にかけて大きく変化していったこととも比べながら読んでいた。

2022.04.24

ロンリープラネットから出ている『The World』という本は地球上のあらゆる国(なのかな?全部ではないのかも)の観光ガイドが写真とともにまとめられている分厚い辞書みたいな一冊で、その国の旅行計画をたててるみたいですごくたのしい。朝、ランダムにめくってその国に旅行に行った気分になる遊びをしてた。

ひさしぶりに池の上の台湾料理光春。酔っ払って何話したかあんまり覚えていない。

・2022.04.23

自分の部屋のライトが壊れてしまってから、しばらくずっと家にあった暗めの電球を使っていたのだけれど、やっとあたらしいライトが届いた。しっかり明るくなって仕事にはちょうどいいけれど、この明るさになかなか慣れない。自転車でパンを買いに出かけて、公園で寝そべって食べた。

古本屋で買った民族問題に関する本に挟まっていた「平易であること 脱ステレオタイプ」というメモがなにかの暗示みたいで頭に残っている。その本のなかで、なぜ日本では「日本語」の授業を「国語」と呼ぶのか、という問いかけがあった。JapaneseではなくNational Languageと呼ぶような例は他国ではなかなかないことであり、アメリカやイギリスでも英語の授業はEnglishとして学ばれるように、多様な言語を話す人が当たり前に存在していれば、National Languageのような曖昧な言い方では成り立たないということ。日本で生まれ日本語を用いながら生きてきた自分にとっては何も疑問を持たずに生きてきて、本を読んで気づいたほどだったので、この国においてそうやってうやむやにして排除しているものが思った以上に多いのではないかと感じた。

春のプレイリストが完成してうれしい。

2022.04.22

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.04.21

晃生が中華料理の本を買ってから中華の腕前が格段に上がっていて、わたしもその本を読んでつくりはじめたら、だいぶいい感じにつくれるようになった。同じ調味料でも、具に上から調味料をかけるのではなく調味料を煮詰めてからさっと具に絡ませるとこんなにも味が変わるのか。

このあいだTSUTAYAで借りた『フライド・グリーン・トマト』を観た。時代を超えてさまざまな抑圧や偏見と戦っている、女たちの映画。

・2022.04.20

昨日の会がきっかけで、武田百合子の『遊覧日記』を読んでいる。武田百合子の文章を読んでいると日常をそんなふうに見つめることができるのかといつもはっとさせられる。近所を散歩して、見過ごしてしまっていたあれこれをもっと見渡したくなる。同時に、彼女のようにはきっと見ることができないから、その目を借りて世界を見渡すことができる読書という体験はかけがえのないものだなと思う。この本のなかで訪れている群馬のヘビセンターという場所が気になっていて、今度日帰りで行ってみたい。

・2022.04.19

朝、ギヨーム・ブラックの「宝島」をJAIHOで観た。パリのセルジー=ポントワーズにある「レジャー・アイランド」という施設に集うさまざまな人々の姿、その会話から人生が垣間見えて、懐かしく幸せな気持ちが広がると同時に、フランス社会の差別や格差や、自由とはなにかについても考えながら観ていた。今度は劇場でも観たい。

夜はクラウドファンディングリターンのための、まどかさんと岸本さんとのトークイベント。自分が学生時代に二人が関わられた本や、二人がきっかけで知った作家の存在に救われてきたので、なんだか胸がいっぱいになってしまった。ミランダ・ジュライの話。誰が何と言おうと好きなものを好きでい続けることのうれしさ、そこから居場所が広がっていくことについて。

・2022.04.18

砧公園でブルジーヌの服を着て、ひろみちゃんに写真を撮ってもらった。パリのブランド、ブルジーヌの服は注文後に一人ひとりのためにお直しして届けてくれる。着てて気持ちがいい服だけを着よう、と思いたくなる服。ようこさんにも会えて、春らしい木々のきらきらのなかで気持ちいい午後だった。

・2022.04.17

“性暴力”裁判 被害女性が語った15分のことば」という記事。言葉にできないほどの恐ろしい経験をされているなかで、行動する勇気に胸がいっぱいになったし、本当に読んでよかったと思える記事だった。ジェンダーや性暴力について学んできたことがそよかさんにとって支えになったという話を読み、学び知ることはたしかに人を救うのだと感じ、彼女の言葉が全文公開されたことは他の人を救うためにも大きな意味を持つのだろうと思った。

あまりにも多くの身近な人が、何かしらの搾取の経験を抱えていることについて、もやもやと考え続けていた日。一件「小さい」こととして流されてしまうような搾取だって、性暴力事件とまったく関係がない話ではなく、根底で繋がっているものだ。

・2022.04.16

映画を観ていると自分がなにが嫌なのか、ということが浮き彫りになっていくという話、最近何人かとしてる気がする。嫌だという感情を掘り進めていくと、譲れない自分の核心みたいなものに辿り着く気がする。嫌いなものの話をもっとしたいな。

・2022.04.15

なおみと表参道のJULIAというお店でごはん。大学時代から自分の意志を持ってひとつひとつ選択している彼女の何気ないメッセージにいつもはっとさせられて、帰り道に携帯で言葉を書き留めることばっかり。いろんなお祝い、って言って花束ももらった。花束を抱えてタクシーに乗り込み、ももちゃんのバースデーを祝いにいった。こういう夜が懐かしくてうれしくって、「こういう夜を積み重ねていこうね!」ってきみちゃんにLINEした。

・2022.04.14

天気がよくってうれしい。読みかけだったヴァージニア・ウルフの『三ギニー』を読んでるけど、かっこよくてしびれてしまう。教育や職業の場での女性への直接的・制度的差別が戦争と通底する暴力行為であることについて、手紙の体裁で丁寧に書き綴っている本。根底に存在している問題は何も変わっていない、読み進めていくのがたのしみ。

2022.04.13

me and you clubのお茶会で、たくさんのことを受け取った。こんなことを話してもいいのかな、と思うようなことが、誰かにとってとても大事な言葉だったりすること。そうした瞬間が生まれる場所でありたいと思う。眠る前に保坂和志の『世界を肯定する哲学』を読むと気持ちよく眠れる。

・2022.04.12

Kate BolingerのYards / Gardensはいまの季節にぴったりな気がして、ずっと聴いてる。変化に対する抵抗感を歌った曲みたい。MVも60年代の映画みたいで素敵。春のプレイリストをつくってる。

2022.04.11

ヤクルト1000を今週から飲み始めて調子がいい気がする。夜、新しく買ったピクニックシートをリビングに敷いて寝転がってみたら気持ちよかった。

2022.04.10

Wikipediaをランダムで見るのが趣味として好きだけれど、全世界のWikipediaの人物記事は男性が8割を占め、女性は2割にとどまり、日本版では女性の記事が占める割合は全体の22.3%で、執筆者も90%が男性と推定されているそうで、その男女格差が急に気になってきてしまった。日本だと北村紗衣さんがウィキペディアンとして有名で、北村さんの投稿や、ウィキギャップのニュースとかも目にしていたのに、インターネットを始めてまあまあ経つのに一度も編集したことがなかったかもしれない。誰でも参加できるプラットフォームではあるので、少しでもその格差を埋めるために今度少しずつやってみようかなと思った。

・2022.04.09

半袖でもいいくらいの夏日。亜湖さんとの会、10年ぶりに会う人もいて、大学生の頃の自分のキャラクターをやや忘れかけていて、なぜだか緊張して箸を持つ手が震えてしまった。お金の話なんて一回もしたことなかったのに、税金の話をしていて歳を感じた。

ヒューマントラストシネマでジャック・リヴェットの『メリーゴーラウンド』。真実も虚構もよくわからぬまま、ずっとぐるぐるとまわり続けていた。フリージャズと、陰謀論、猫、ダウジング。砂漠で走り回るなかで蛇にまかれそうになるところが記憶に残っていて、最近触れる作品にはよく蛇が出てくるように思う。こういうのをすぐ何かの暗示のように考えちゃう。

帰り道、人が賑わう宮下パークをすり抜け、ハチ公前には夜空の星よ、となんでもない曲を弾き語りする少年の前にマスク姿の人たちが集まっている。朝まで飲んでた山家の前にはテラス席みたいなのができていた。変わらなさに安心しつつも、変わらなさに恐ろしさも感じて、わたし自身もその風景の一部になっているのだということを忘れてはいけないと思った。

黄色い蝶の話をして、眠る前に少し泣いた。

・2022.04.08

最近あまりニュースを追えていなかったけれど「イベントワクワク割」という言葉にえ?となり思わず検索した。不思議な国で暮らしてる。

・2022.04.07

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.04.06

仕事していたら、夕方巨大な何かが届き、ゆめさんが送ってくれた橘からの花束だった。いろんな季節が詰まった花束。サプライズで届いてびっくり。リビングが花で溢れている誕生日。引き続きhuman fall flatというゲームをやり続けている。あまりにもふにゃふにゃの体を操作して3D空間を登ったり降りたりしながら進んでいくゲーム。敵は存在しない。その体のままならなさがあたらしい体を得たような不思議な感覚で、もどかしさと癒やしが同時に現れる感覚がある。オンラインマルチプレイをしたらさまざまな場所から集まったふにゃふにゃの人たちが無意味な行動をして触れ合っていて、人間により近いフォルムをしているわけでもないし、言語を交わすこともできないのに、やたらと「生き物っぽさ」を感じた。

・2022.04.05

打ち合わせで、自分たちの熱量についてうれしい言葉を投げかけてもらって、春めいた陽気の中で足取り軽く帰宅。顔を合わせて打ち合わせをする機会が減ったからこそ、会って話した時間の記憶は色濃く残っている。家に帰ったらリビングの花瓶に花が飾られていて、手作り中華フルコースをいただいた。誕生日なので、という理由で午後早めに仕事を終えて、中華を食べながらノア・バームバック『イカとクジラ』を観て(だいすき)、switchの「human fall flat」というゲームで遊んだ。うれしい気持ちでいっぱい。

・2022.04.04

フィルムカメラが壊れたので、新しく京セラのSlim Tを購入。Yashica T4の日本版。ジャンク品ではないものの、挙動がやや不安定、でもなんとか愛していきたい。寒い日で、布団にくるまりながら仕事をした。clubで話題に出ていた大島弓子の『さようなら女たち』を久しぶりに。34歳はどんな歳にしようか、と考えていたけれど、毎年大晦日にかけて新しい年にしたいことを一生懸命考える割に、「何歳だからこれをしたい」については考えたことはあまりなかったことに気がついた。

2022.04.03

定期的に通っているサロンでマッサージ。気づいたら眠ってしまっていた。YUKI SHIMANEの展示会で久々ゆきさんとおしゃべり。時間の配分をミスってあまり滞在できなかったけれど、気になっていたニットとワンピースをオーダーした。ゆきさんの服は一枚ですとんと着るだけで気持ちが上がるのだ。これでまた冬への楽しみができた。タクシーでユーロスペースに移動して、楽しみにしていたカラックスの『アネット』。トキシックマスキュリニティや、子供への搾取、大衆による消費など現代的なテーマに切り込んでいたオペラ、想像していたイメージとちがっておもしろかったのだけれど悪夢のようでもあると感じて疲れてもしまい、道玄坂でちゃんぽん食べて帰った。

2022.04.02

お花見。こうやって友人と集まるのは本当に久しぶりで、トイレに行って帰ってくるときに満開の桜と公園に集っている幸せそうな人々の姿を見て現実なのか?と思ってしまった。一つひとつの時間が奇跡みたいに感じられてしまう。こういう時間が当たり前になってほしいという気持ちと、奇跡みたいに感じられるのもうれしいことだなあという気持ちもある。

2022.04.01

歯医者に行ったら、ずっとお世話になっていた先生が大阪へ行ってしまうので今日が最後になるかもしれない、ということだった。絶望的だった虫歯の根っこの治療を経過を説明しながら丁寧にしてくれた、すごく好きな先生だったから素直に寂しい。こういう深い関係ではない絶妙な関係の人との別れがあるとき、連絡先を交換するわけでもないし、会いに行きますねってほどでもなくって、ほんとにもう二度と会わないのかとはっとする。どうにかすればなんだって連絡がとれてしまう今、そうした出会いの積み重ねで生きていることを立ち止まらないと忘れてしまう。

谷口奈津子さんがトーチに掲載していた読み切り「卯月ちゃん」よかった。短いけど泣いちゃった。嘘つかないことがいいことなのか、友達ってなんなのか。

2022年3月の日記

・2022.03.31

朝、天気がよかったので公園で仕事。まだ生まれたての桜の木を見たのは初めてだったかもしれない。大きな木に育った頃にはわたしはこの世界にいないのだろうと思うと不思議。公園のカフェでGia Margaretが流れていて、それもよかった。銀行に行って、印鑑を眺めながら、亡くなった祖母の苗字のことを考えていた。娘しかいなかった祖母の苗字は美しくて好きだった、幼い頃わたしは女だから継げるわけがない、と思いこんでいたことに、このときやっと気がついて、女だからという理由で消えていくさまざまなものたちがその美しい苗字の印象とともに頭に浮かんだ。

・2022.03.30

外で仕事。眠くて帰宅後寝てしまった。春だからか。

・2022.03.29

休み明けでばたばたと仕事、夜は六本木で収録。

・2022.03.28

飲みすぎてあんまり眠れず朦朧としてしまっていて、車でぐっすり眠ってふと目覚めたら海沿いに満開の桜。そのまま不安定な道をどんどん登っていき、なんにもない高原に出た。人も建物も何も見えなくて、生命力が強そうな草木が生い茂る向こう側に、静かな海が見える。狭い場所にいると自分のことでいっぱいになってしまうけれど、こんなにも広大な場所に身を置くと、やっと自分は世界の本当に些細な一部であるということを信じられる。とっておきの場所を教えてもらえてうれしかった。江之浦測候所に立ち寄って、眠気とともに黄色い菜の花の間を歩く。この付近には関東大震災の津波で流されてしまった駅があるらしい。海の見えるテラスで、ここでいま生きていることが奇跡に感じる、という話をした。旅行の帰り道に高速から反射する光が眩しくって、給油のために立ち寄るガソリンスタンドでしか感じられない感情ってあるよなあと思った。

・2022.03.27

友人たちと箱根一泊旅行。車出してどこか行くのとかだいぶ久しぶりで昨日の夜はあまりよく眠れなかった。ポーラ美術館でロニ・ホーン展、会期終了間近ということで賑わっていて、会いたかった人ともすれ違ったみたい。詩の朗読の映像が特に記憶に残っている、水という誰もが触れるとても普遍的なものから、わたしやあなたや、そのもっと向こう側へと広がっていく、ロニ・ホーンの思想と静かに向き合うような時間。ファスビンダーの引用や、作品に書き込まれたリディア・デイヴィスのこと。アイスランドはいつか行きたい場所で、Google Mapにはたくさんピンをたてている。きっと行くんだろうと思う場所。ひとつの場所に通い続けるという経験はまだしていなくて、そういうときがきたらいい、という思いがより強くなった。霧が立ち込める旅館はロニ・ホーンの作品の延長にあるみたいで、夜通し「コードネーム」というカードゲームをして、気づくと2時を過ぎていた。

・2022.03.26

映画や展示に行く予定をカレンダーにぎゅうぎゅうに詰めていたけれど、やり残していた作業の方が心残りで一日中ずっと仕事。やり終えてだいぶ気持ちがいい。

・2022.03.25

またあまりにもリアルな夢を見てしまって、夢に関する本を買った。夜は近所に住む彼の友人が来客、深夜までいろいろ話しておもしろかったけどまあまあ酔っ払っていたので何を話していたかは覚えていない。深夜に購入したイオンのキャラメルアイスクリームが外国のアイスみたいな味がしておいしかった。

・2022.03.24

なかなか熱狂できないことについて朝だらだら話していた。まっすぐに渦の中に飛び込むことができないところが自分にはあって、熱狂に対してすごく憧れる気持ちが湧くときもあれば、そういう自分もいいなと思うときもある。夜は女子校の話。12年も女子校いたけれど、女子校についてまだ自分のなかであまり考えがまとまっていないように感じる。

・2022.03.23

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.03.22

先日の震災のこともあり、電力不足で停電するというニュース。Twitterを見ると、この機に際して原発推進を呼びかけるツイートも見かける。いろんな意見があってはいいと思うものの、ある著名とされている「有識者」の人のツイートにげんなりして、布団のなかでその人のタイムラインを遡っていると時間はどんどん過ぎていく。都心に出ると、こんなに街を照らさなくていいんじゃないかといつも思う。なのに、夜景のきらめきは美しくてやっぱりいいなとも思ってしまう。矛盾ばっかりだ。

仕事のメールのやりとりの中で、天気のことを知るのが好きだ。わたしの部屋の窓はすりガラスで、窓を閉じていると外の様子がはっきりわからない。雪が降ってましたね、というメールを見て、ベランダに出てみたけれど、わたしの街ではまだ降っていなかった。

・2022.3.21

代々木公園であすかさんとピクニック。あすかさんと話すといつも心強い。もやっと考えていたことについていろいろ話した。代々木公園を覆っていたオレンジ色のネットは少しずつ少なくなっている気がする。なぜか、代々木公園に来た日のことは一日一日鮮明に覚えてる。どの木のそばにいたかも含めて。

HOUGAの展示会に滑り込み。萌さんは大学のゼミが一緒で、以前から展示会に行きたかったから楽しみにしていた。HOUGAの服は不思議なかたちをしている。波打っていたり、どう着るの?という形をしていたり。シンプルなフォルムの服が好きで似合うと思っていたわたしは、素敵だけれど似合わないかも、とおずおず試着した。すると自分の身体と合わさってまた新しい形になって、すごくかわいくて。走り出したくなるような軽さもあって、ほかにはない魅力があるブランド。いろんなしがらみから抜け出させてくれる服。

・2022.3.20

今日みたいに少しストップする日がわたしには必要で、昼寝をして何か生まれ変わったような気分になった。ひたすらに、昔聴いていた曲を聴いたり、歌ったり。この間行ったラーメン屋はイエモンばっか流れてたよ、という話をして、たしかめにラーメン食べに行ったらやっぱりイエモンが流れてた。メイドの手帖見終わって寂しくて、Sharon Van Ettenをずっと聴いてる。

・2022.3.19

朝風呂で堅田香緒里さんの『生きるためのフェミニズムパンとバラと反資本主義』を読み終えた。フェミニズムの本であり、複雑に交差する差別や特権について目を向ける本でもあった。自分自身の特権や、無意識に抱えていた差別意識が浮き彫りになる。でもそうやってひとつひとつ無視せずに自覚していくことが小さいけれど大切なことだと思う。

あたたかい日、喜多見のbeet eatでカレーを食べて、PLAIN STOCKで古着のリーバイスのジーンズを買った。スタンダードなジーンズ買ったのとかいつぶりだろう。10年ぶりとかかもしれない。自信持って似合っている、と思えてほっとする。似合わないと拒絶していたものを取り返していく作業、これからも負けじと続けていく。

マリカちゃんとごはん。いっぱい話した。深いところまでゆっくりと潜っていくような時間。アキオがいるっていうので新宿にタクシーで移動してゴールデン街の西瓜糖へ。はくるさんひさしぶり、お店は相変わらず大勢のお客さんで賑わっていた。

・2022.3.18

あわあわと日常が過ぎていき、なかなか今社会で何が起きているのかわかっていない状態だったけれど、ニュースをゆっくり見る時間をとることができた。ウクライナのこと、この間の震災のこと。6月の『FESTIVAL FRUEZINHO 2022』、Sam Gendel&Sam Wilkesに坂本慎太郎。Bruno Pernadasもceroも楽しみで即チケットとった。海外アーティストの来日ライブをいつもたのしみにしていたけれど久しく行っていなかったから、えー来日するの!と驚いた。夜、のぞみんとももちゃんと中華食べて、久々カラオケ。aikoの「ストロー」が頭から離れない。

・2022.3.17

税理士さんとの打ち合わせをしていて、会社を始めてもうすぐ1年経つことを実感した。お金まわりのことはまだわからないことだらけだけれど、お金はただの数字じゃなくて気持ちにも変わるし、時間ともつながっている。そう思うと、わたしたちみたいに小さな会社でもどういう姿勢でお金と向き合っているかが本当に大事なことだと感じている。資本主義社会に対する疑問を持ちながら会社を経営していくことについて、頭の中でふわっと考えていることをもう少し言葉にしておきたい、来年度は。

・2022.3.16

夜はme and you clubのはじまりのイベント。数日落ち込みがちだったけれど、このイベントがあったことでだいぶ救われた。Zoomの使い方に戸惑いかなりパニックになってしまったけれど、多くの人が助けてくれて優しい世界だった。イベント終了後、激しい揺れがあって、携帯を見たら宮城・福島で震度6強。

・2022.3.15

頭が痛くてすべてに対して悲観的な気持ちでおそらくPMSのせい。

・2022.3.14

考えが足りなかった、と思うことが多くて自己嫌悪が重なった一日だった。こういう日は心も身体もすべてそういうモードになっちゃっているから、おとなしくしているに限る。

・2022.3.13

髪、伸ばしてたけどばっさり切ってショートに。担当の亀井さんが切ります、といったとたんにざくざく切りはじめてておもしろかった。この人は本当に髪を切るのが好きなんだな。夜、bunkamuraでみんなで『寝ても覚めても』を観た。昔観たときは朝子の行動が理解できず、気持ちがぶんぶん振り回されていたけれど、二回目だからなのか、月日が経ってから見るからなのか、3.11を境にした変化や、相容れない二つの感情を同時に抱える朝子の気持ちが印象的だった。後から海外のタイトルは『Asako I & II』だということを知って、このタイトルを知るとまた違った見え方をするなと思った。

・2022.3.12

りおちゃんと神楽坂でごはん、その後目黒シネマで『リトル・ガール』と『トムボーイ』の二本立て。二本立てとか久しぶりだった。リトル・ガールは先にパンフレットを観ていて(このパンフレットがとてもすばらしい)、ずっと観たかったから特にうれしい。バレエ教室のロシア人教師が最後までサシャのことを理解しようとせずにしていたことについて、ぎざぎざした気持ちが残り続けている。トムボーイはすごく美しい映画だったけれど、終わりかたについて思うところがあって観た人と話したい。

・2022.3.11

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.3.10

朝は昨日インターネットのことについて考えていた延長で、UbuWebを見ていた。1996年に詩人ケネス・ゴールドスミスによって作られた前衛芸術にまつわるさまざまな資料が保存されているサイト。前からなんとなく知っていたけれどじっくり見たことはなかったのかもしれなくて、大量のサウンドアートや映像の一部を見て、作品はもちろんだけどこれらにすぐにアクセスできるということに感動した。その中にある、200人以上の人による音声の寄稿によって作られている365 Days Projectを見て、好きという気持ちが溢れてしまった。Learning to Love You Moreといい、強く心惹かれるものには共通しているものがあるなと感じる。

知らなかったとある映画監督による、性加害のニュース。つらくて読み進めることができなかった。

・2022.3.9

晴れてあったかかったので久々朝の公園へ。相変わらず誰もいない、だだっぴらい広場に寝転んで太陽を浴びていると生きているなあと感じる。この感じ忘れかけてた。

スペクテイターのパソコンとヒッピーの号を読み進めている。今わたしがこの日記を書くのに使っているパーソナルコンピューターというもの自体、それまで戦争などで使われてきたコンピューターを個人が使えるようにしたものであって、一方で今は個人がコンピュータを使って書きこむことが世界を動かすことさえあるということに未だに慣れない。小学生の頃、パソコンオタクであることをひた隠しにしていたわたしは、ハイパーテキストという概念に感動していた。あれから20年経った今、わたしは何かのリンクを辿ってたまたま辿り着いたロシア語のニュースサイトをDeepLで翻訳して読んでいる。すごいことだよ。

・2022.3.8

友人が映画監督になって、みんなで上映を見に行った夢を見た。パンフレットの一言一句を朝起きたときにまだ覚えていたことが忘れられない。わたしは夢を見るときは一人称目線で、だいたいカラーで、現実的な夢が多い。そのせいで夢で見たことを現実で起きたことだと誤って記憶してしまうことがある。夢の話がつまらないなんて誰が言ったのだろう、もっといろんな人と夢の話がしたい。

国際女性デー、いろいろな記事が出ているのを見て回っていた。Twitterにも書いたけれど、ELLEのクラーク志織さんの記事がすごくよかった。国際女性デーはなぜ「女性」を強調すべきなのか、背景にある反戦争について。自分自身も女性として生きる上で感じる違和感、これまでのことや今感じていることについて話す機会がたまたま多い一日だった。ここ数年で変わったこともあれば、変わらないこともある。わたしがいる場所が変わっていたとしても、そうでない場所がいくらでもあるということも知っている。自分に何ができるのか、も刻々と変わり続けているということも。

・2022.3.7

よくわからない不安に駆られたけれど、今世界で起きていること、これまで起きてきたことが自分の頭にぼんやりとしか入っていなくて、どのように意見や考えを持てばいいかわからないということが大きいのではないかと思い、ノートを取り出してあれこれ書き出してみたら少しだけすっきりした。自分の自信のなさや不安は、腰を据えて学ぶことでしか解決しないのかもしれない、という気もしている。これは2022年の課題。ノートに書いている間、ずっとDOMMUNEのテリー・ライリーを聴いていて、それもよかった。

・2022.3.6

新宿で収録の立ち合いへ。帰り道、ビューティーアポセカリーに寄ろうと新宿伊勢丹へ。ReStyleの横で欲しかったVironのポップアップがやっていた。パリ発のビーガンフットウェアブランド、駒沢で八百屋さんをやっているという人が接客してくれて、たのしくてアップルレザーのスニーカーを購入。リンゴジュースを作る過程で出た皮や芯がレザーになるなんてすごい。リンゴジュースが大好きだからなんだか嬉しい。

・2022.3.5

いただいたBeMEのcbdのフェイスマスク、気持ちよすぎて気づくと畳で寝てた。こういうとき畳の部屋があってよかった、と思う。引っ越すととしても絶対畳の部屋がほしい。

春みたいで気持ちがいい日、梅ヶ丘のラーメン屋SHIBASAKITEI+、今までで一番好きかもってくらいおいしかったな。羽根木公園は梅が満開、向こう側に抜けると見覚えのある景色で、昔おばあちゃんちに行くときによく車で通っていた道だった。車から降りたことはほとんどなかった気がする。懐かしい、と思わずお母さんに電話。亡くなったおばあちゃんだったらこういうだろうな、って言葉が自然に浮かぶことが多くて、近くにいてくれるんじゃないかなとやっぱり思う。歩いてたら古書瀧堂という古本屋があって、こういう街の古本屋さんが近所にほしいな、と思うような古本屋さんだった。レジ前に安藤晶子さんのポストカードが。

夜はかおるさんとのぞみんと晃生と4人で飲む、いつものメンバーの安心感。その後、道端で知り合った知らない夫婦も加えて公園で飲んだ。酔っ払って何を話したかはほとんど覚えていない。

・2022.3.4

ニュースやタイムラインを見ながら、ウクライナの悲惨な状況はもちろん、欧州における人種差別的な報道や、ロシア料理店へのヘイト、日本も核武装せよといった思想、戦争反対と声をあげる人に対して「意味がない」という人たちなど、あまりにも多くの気になることがあって朝からしんどくなってしまった。

『メイドの手帖』を見始めたけれどすごく面白い。DVから逃れてシングルマザーとなった女性の貧困について描いた作品。音楽もすごく良くって、いい意味で軽やかな部分もあって。原作はまた全然違うみたいだけれどそっちも読みたい。

・2022.3.3

サイトオープンの打ち上げをせんとさん・まりこさん・ゆめさんと。どの仕事も過程が大事だよね、といった話をしながら、このプロジェクトは本当に過程でのやりとりがすごくよかったなあと感じた。せんとさんにこの春初めてのチューリップをいただいてうれしくって、夜道で街灯に照らして写真を撮った。

2022.3.2

ウクライナ難民を日本が受け入れるというニュースを見て、入管問題がこんなにも大きな問題になっている日本でなぜ、と複雑な気持ちになる。こっちはいいけどあっちはだめ、ダブルスタンダードがまかり通るこの世界で注意深くいないとすぐそっち側に呑み込まれそう。学びが足りない。Etsyで買っていた犬の切手が届いた。それぞれ違った表情を浮かべる犬たちの顔と、読めない言語。海の遠く向こうでも変わらず犬は愛されているのだという事実に心が少しだけ安らいだ。

・2022.3.1

大学の頃に広報として関わっていたとある演劇のメンバーで久々に集まることになり、LINEグループが生まれた。あっという間に13年も経っている。わたしはそこでカツオと呼ばれていた。活きがいいという理由らしい。

2022年2月の日記

・2022.2.28

ずっと前から少しずつ読んでいた荒井裕樹さんの『まとまらない言葉を生きる』を読み終える。大切な言葉、はじめて知った方、いろいろノートに書き写した。「誰の人生も要約させない」という言葉の力強さ。読み進めているカロリン・エムケ『なぜならそれは言葉にできるから』とも重なる部分があると思った。簡単に言葉にできないということ、それでも言葉を探していくこと、その両方を大事にしていきたい。横田弘さんの『われらは愛と正義を否定する』が読みたい。

・2022.2.27

休まないと、という気持ちで代々木上原をひさびさに散歩。昔このへんで一人暮らししてたけど、全然店を知らない。どこに住んでいても「その街で顔馴染みのあの人」みたいになることってこれまで一回もなくって、これからもなさそう。

Los Papelotesで古本を3冊くらい買った。店に入ってきた二人組が「本を読む人になりたいんだよね」と話していて、本を読む人になる、ということについて考えていた。前も2回くらいきたことあるインド料理屋、窓から差し込む光がやたらときれいで、壁に書かれた「spice+milk+something nice=chai」という言葉もかわいい。きらきらした街の隙間の違ったきらめきに、ほっとした。三軒茶屋でひさびさのtrope、luikで春の赤いコートを買った。

・2022.2.26

基本的に土日休みにしているのだけれど、なかなかうまく休みがとれていない。休まないと平日力が出ないのでバランスをとらなくてはいけないのだけれど。自分にとっての休み、が何をもって休みなのかがもはやよくわからない。でも、つい根詰めて集中しすぎてトイレに行くことさえも忘れてぶっ通しで仕事をしてしまうことがよくあって、そういう感じだとなかなか身体が持たないことはやっと理解できるようになってきた。そういう感じにはならないように、外で仕事して、暗いニュースばかり目をやってしまうので、明るい色のワンピースがほしいなあなんてことばかり考えていたらあまり仕事がはかどらなかった。

夜、アリ・フォルマンの『コングレス未来学会議』という映画を家で見た。主役のロビン・ライトが「俳優の絶頂期の姿をスキャンしてデジタルデータ化し、多くの映画にそのデータを用いる」という契約をする、という物語。ロビン・ライトは役者の名前そのままで出ている。デジタルデータ化については近い未来起こりそう(もう起こってる部分もある)と思うんだけれど、途中からアニメーションと実写を行き来して、現実と虚構がわからなくなる感じをかなり「起こりそう」な感じで描いていて、それがおもしろかったし、恐ろしかった。そもそも実体とは何なのか、2月はそういうことばかり考えている。

・2022.2.25

この日の日記はme and youのニュースレターに書きました。

・2022.2.24

お父さんとLINEでやり取りをしながら、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻のニュースを憂う。まだいまいち状況が飲み込めない。これまでもさまざまな戦争が起きてきたけれど、恥ずかしいことにその一つひとつに自分なりの言葉を持ててこなかった自覚がある。命が奪われることはあってはならない、戦争反対という考えをはっきりと打ち立てながら、なぜこのようなことが起きてしまっているのか、歴史を知り、同時にいまどのような情報が行き交っているのか見ていかなきゃなと思う。日本国内で起きている、この状況への反応も含めて。戦争、というと遠くで起きていることだと感じてしまうけれど、自分の生活の延長線で起きることだと感じる。自分自身や近くで起きていることも含めて、そこに繋がっていくような行動や考えが存在していないか、注意深く見ていきたいなと思った。

・2022.2.23

朝、お風呂の中で谷口菜津子さんの『今夜すきやきだよ』。最高の二人。出てくる登場人物がみんな好きだった。

下北沢で『春原さんのうた』を観た。そこにずっと暖かい温度が通っているようで、嘘のなさ、のようなものを感じた。一人ひとりそれぞれに何かを失いながらも光を見つけ、そこで生きている。沈黙を愛したいなと思ったのと、ショートカットに戻そうと思った。みんなでキノコヤに行きたい。

フレンテ明大前店のスープストックに行ったら、2007年からあったこの店が来月閉店してしまうようで、付箋でたくさんの声が集まっていたのを見て泣きそうになってしまった。喪失への感受性が豊かになったからかな。この場所に集っていた人の姿が目の前に浮かぶような気持ちでスープを飲む。本当は下高井戸シネマで映画を観ようとして明大前まできていたのだけれど、この気持ちのまま家に帰ろうと思って反対の電車に乗った。家に帰って畳で寝転びながらパンフレットを読んで、また泣いてしまった。

・2022.2.22

眠気がずっと続いてしまっている。愛さんの紹介で、仕事の合間に表参道の「美肌室ソラ」へ。すごく気持ちよかった、今度体験レポートも書く予定です。押すとこりがほぐれる場所についても教えてもらって、早速電車の中で押しながら帰った。近頃ヨガを始めたりストレッチもやったりスキンケアもいろいろ模索してるけれど、誰かに触れられる、触れられなければ叶えられない、ということも存在しているのだなあ、と考えた。

・2022.2.21

わたしたちのスリープオーバー収録。お風呂で最近の流れで気になって買った『Spectator vol.48 パソコンとヒッピー』を途中まで読む。

・2022.2.20

大学の美学美術史学専攻のゼミの子たちとcavemanでごはん。コース料理というものが久しぶり、ごはんに合わせてお酒が出てくるペアリングが大好きだったことを思い出した。卒業して10年以上経つけれど、ゆるやかにこうした繋がりがあることがとても支えになる。

上北沢のOpen Letterというスペースで河合浩さんの展示。河合さんが、作品の行き着く場所については「誰かの部屋にアクセントとして飾られた状態」だと話されているそうで、その姿勢がすごくいいなあ、と思った。いつかわたしの家にも飾りたい。スペースもとても素敵な場所だった。

マップをいただいたので、見ながら散歩。「カモシカ」と書いてある場所を探したけれど、見つからず。神田川沿いをひたすらに歩く。随分冷える日で、行き着いた公園の自販機で温かい飲み物を買おうとしたら、前に買っていた小さな子供がコーヒーを2本買っていて、1本手に取り「飲みますか?」と話しかけてくれて、びっくりしている間にどこかに駆けて行ってしまった。優しさであることは間違いないはずなのに、こんなことあまりないだろうから、この公園自体が幻のように思えておもしろかった。

薫さんとのぞみんと飲む。見たい映画、読みたい本がたくさん。飲んでると忘れちゃうから、もっとメモしておけばよかった。

・2022.2.19

朝、布団の中でたまたま見つけたDOZiNEの「現代魔女たちは灰色の大地で踊る──「思想」ではなく「まじない」のアクティビズム|磐樹炙弦 × 円香」という記事が最近lainやアマリア・ウルマンなどを見ながら考えていたことと繋がる感じがして興奮して晃生にシェアした。超長い記事なのでまた読み直したい。

下北沢SPREADで山本達久さん、石橋英子さん、日髙理樹さんのライブ『ヘルシーライブスタイル2022 [コロナ路地にて生まれた健康法は多々あれど、音楽はそうは行かぬと言語道断の雨霰]』。タイトルすごい。その場で、目の前で音楽が生み出されていくというのはライブでしか味わえないもので、SPREADはお酒もおいしくてそれもよかった。どこか遠くの国にいるような気分になって、ラーメン食べて帰った。

・2022.2.18

急に眠くなって深い眠りに落ちた。目覚めたらすごく元気に。ドラマ『恋せぬふたり』を続きから見る。世の中のほとんどのドラマが恋愛することが当たり前で、かつ異性愛が当たり前な中で、こうした登場人物たちがいつかもっと当たり前に登場してほしい。商店街のポイント交換のシーンよかったなあ。

・2022.2.17

恵比寿映像祭でアマリア・ウルマンのレクチャー・パフォーマンス集。パワーポイントを駆使して、消費社会、性差、ルッキズムなどの問題にユーモアを交えつつときにどきっとする表現で切り込んでいって、揺さぶられた。彼女もティーンエイジャーの頃インターネットではコミュニケーションができる感じがあったという話をしていて、同い年だけあって急に親近感が湧いちゃった。近頃、イメージ、リアルについて考えていたことなどといろいろ重ねながら見ていた。アマリアはlain見たらどんな風に思うんだろ。

・2022.2.16

小学生くらいから今に至るまでお話する機会があって、話しながら漠然と存在していた点と点が線で繋がっていく感覚があって、ヒーリングみたい、と思った。常に居心地の悪さを感じていた、というのが自分の原点で、いじめに遭っていたわけではないのだけれど、教室にいたくなくて保健室にいたこと、体育でペアになる相手が見つからなかったこと、一人で帰る帰り道にイヤフォンで聴いた音楽、誰とも会わずにインターネットに費やしていた時間、それらの一つひとつがなかったら今のようにはならなかっただろうから不思議だなと思う。日々が辛くて明日朝起きたら大人になってたらいいなと本気で思っていた、あの頃の感じはもう忘れてしまったようで自分のどこかで生き続けている。

・2022.2.15

そんなに多くのものはいらないから、健康に生きたいな、と思った。

・2022.2.14

テーブルに置けるIHヒーターと土鍋を買ったのだけれど、この冬買ってよかったものとしてNintendo Switchの次点くらいに入るなあ。90年代のアニメの話をしていて、『はれときどきぶた』のことをいつぶりかわからないくらいに思い出した。

・2022.2.13

恵比寿映像祭で海さんの『重力の光:祈りの記録篇』。見ながらぼろぼろ泣いてしまった。そこにいる場所にいる人たちが関わり合いながら、手を取り合いながら生きていて、作品も生きることも、みんなで作り上げていく姿に胸が打たれた。共に生きていくということ。上映後のトークで、海さんがかっこつけなくてもいいと思ったんです、といったことを話していて、それもよかった。短編『汚れきった天国』の次が『重力の光』で、二つの作品の繋がりを感じた。

六本木でSINA SUIEN有本ゆみこさんの展示会場にて、小林エリカさんと有本さんのトーク。トークの参加者の方々ひとりひとりの声が混ざり合うようですごくいい空間で、自分はどんな感覚を大切にしていきたいのか、思い出すような時間だった。zoom越しでしかお会いできてなかった杉原さんにも会えた。そのあとちらと海さんの上映の打ち上げに参加して、短い時間で会いたかった人にたくさん会えたりして、やっぱり街に出るっていいなあ。

・2022.2.12

1か月ほど働き詰めてしまいここ最近はあまり寝れていなかったからか、楽しみな用事があったけれど駅で具合が悪くなってしまい帰宅。やるせなさで落ち込む。10代の頃に見て衝撃をうけたアニメ『serial experimental lain』を見る。当時はこんなに皆インターネットをしていなかったし、SNSもなければVRもなくて、GAFAも台頭していなかったから、今見るとまた全然見え方が違うアニメだなと思った。何がイメージなのか、何がリアルなのか。

・2022.2.11

メディア立ち上げ大詰め、結局一日遅れてしまったし、夜になってしまったけれど、新しく始まった場所がとても愛おしく、一通り公開作業が終わった後もお風呂の中で携帯を開いて、端っこから端っこまで眺めていた。変わらない芯の強さと変わっていく柔軟さを共に大事にしながら、長く続けていきたいし、振り返りながら、積み重ねていきたい。一つ一つゆっくりと。She isをつくった時はずっと駆け抜けていて、そのときとはまた異なる気持ちを抱えている。

・2022.2.10

メディア立ち上げ大詰め、日記は書けず。

・2022.2.9

立ち上げ大詰めなので集まって仕事。こうやって何人かで近くで作業することって、前までは当たり前だったのだけれど、もう2年も基本的にリモートで仕事をしているから、新鮮すぎてつい話しかけちゃう。お菓子食べますか? とかそういうコミュニケーションでさえ懐かしい。

帰宅後も作業だ、と思いながら立ち寄った韓国料理屋で嬉しい偶然の出会いがあった。

・2022.2.8

安田菜津紀さんをお招きしてヒルサイドテラスでイベント。前回に引き続き学びにあふれていて、これから自分がどう行動していけばいいのかのヒントもいただいた。家帰ったらイメージ・フォーラムに行ってきた晃生から映画『牛久』の予告編を見た話を聞く。年始にたまたま寄った牛久に東日本入国管理センターがあることをまったく知らなかったのではっとして、自分たちの日常のすぐそばに問題は存在しているのだと改めて感じる出来事だった。映画は2月26日から。

・2022.2.7

わたしたちのスリープオーバーの収録。この日は日記書けてない。

・2022.2.6

寝起きに思いついた言葉で検索していたら、3つ目くらいにpdfファイルが出てきて、開いたら知り合いの演劇にまつわる資料だった。こんなことあるのか。

なんでもない日に突然手紙をもらって、それがすごくうれしくて何度も見返した。

・2022.2.5

お酒飲んでなんか変な感じになってしまったり、文字のコミュニケーションの難しさでやきもきしたり。ずっと通常運転でいるのはなかなか難しい。

2022.2.4

きれいごとのような言葉がますます苦手になってしまったなあ、と思う。必要以上に美しく見せたり、大きく見せる言葉には気をつけたい、とここ数年ずっと考えている。

喫茶店で仕事をしていたら、横のおじさんのiPadから何か音がしていて、目をやると将棋の対戦のYouTubeを見ているようで、熱心に何かを書き込んでいた。イヤフォンをしてくれないだろうか、とも思ったのだけれど、彼にとって何か大事な時間であるということが伝わってきて、誰にとってもこういうかけがえなのない時間ってあるよね、と思って少し幸せな気持ちになった。

2022.2.3

朝、合唱曲の話をしていて、YouTubeで「心の瞳」を見てぼろぼろ泣いた。合唱大会とか大嫌いだったのに。今後の人生で大勢で同じ曲を練習して歌う、ということはあるのだろうか。

00s nostalgia、という言葉を見かける。2000年代はたしかに自分にとってノスタルジアなんだけど、自分にとって見慣れないのは00年代のことがまだ消化しきれていないからなのかな。90年代の古着は近頃もうよく着るようになったけれど、00年代の古着はいまだにどきっとしちゃう。なんなんだろうか。

・2022.2.2

連絡がくるはずの相手から返ってこない、ということが連続して、なんだかしんとしてしまっているとき、自分がいない世界に迷い込んだような気分になる。編んでいたものの編み方が全部違っていたことにだいぶ進んでから気づいて、引っ張って全部解いたのが気持ちよかった。完成を望むのではなく編んでいる過程に癒しを感じていたから、大したことなかった。

・2022.2.1

Spotifyの背景に様々な問題が存在していることで、Spotifyで音楽聴くたびに複雑な気持ちになる。ニール・ヤングもジョニ・ミッチェルも撤退していて聴けない。いつの間にか音楽を聴くこととSpotifyを開くことがイコールになってしまっているけれど、Spotifyは一つのプラットフォームであり、そこには思想が宿るもの。とはいえ引き続きSpotify使っているんだけど、続報に耳を澄ませたい。