2023年2月の日記

・2023.02.28

夜のclubの会で「感想を伝える」ということについて話したのが印象的だった。何かを見たり触れたりしてすごくいいなと思っても、それを生み出してくれた人や教えてくれた人に伝えることを怠ってしまうことが多いけれど、一歩踏み出して届けていくことをわたしももっとやっていかなきゃな。

・2023.02.27

引き続きジョン・ウィルソンを見続けてる。

・2023.02.26

大切な友達たちの家に。なんだかうれしい一日だった。二人がBondeeをやってたので帰ってからはじめてみたけど結構たのしい。

・2023.02.25

ドキュメンタリーが見たいなと思って、たまたま知ったジョン・ウィルソンによるHBOオリジナルのドキュメンタリー「ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON」。「不動産投資の方法」「ワインを嗜む方法」「駐車スペースを見つける方法」「電池の正しい処分方法」…日々何気なく見過ごしてしまいそうなことを掘り下げて、ひたすら脱線し、ぐるっとまわって戻ってくる、そのずらし方や視点の持ち方がたまらない。さまざまな人がそれぞれのやりかたで生きてることが肯定されている感じがするし(たまに会いに行った人のなかに倫理的にまずい人も出てくるが、それはアウトだという目線も持っている気がする)、やさしい眼差しが存在している。全6話だけれど、もったいなくてちょっとずつしか観れてない…オフィシャルサイトにvimeoがあったので、観終わったらそっちも観よう。

・2023.02.24

父、誕生日。プレゼント喜んでもらえてよかった。

整体いった後にプロントで仕事しながら時間をつぶしてて、聞き覚えがある曲が流れてると思ったら、吉田ヨウヘイgroupだった。ごちかさんと清水さんとごはん。気づくと4時間経ってた!

・2023.02.23

英会話、なぜ日本ではひろゆきのような人物が若者に人気なのか?という議題。日本人はあまりはっきりと物事を伝えたりするほうではないから、それとは反対にはっきりと伝えている姿(論破してなかったとしても「論破」のように)を好んでしまうのか?みたいな話をしつつ、イギリスでもAndrew Tateというインフルエンサーが若者に人気で、彼のミソジニーがすごいから来週までに調べてきてというのが宿題になった。

特に目的をもたずに晃生と銀座へ。ポーラ ミュージアム アネックス展で見た古着の洋服のタグや、ビールなどのボトルを作品にした星野薫さんの作品が記憶に残る。吉濱翔さんのサウンドインスタレーションや、國川裕美さんのやわらかい表情の動物たちもよかった。中村恭子さん+郡司ペギオ幸夫さんの 「フーリエの日々」、フーリエのことは全然知らなかったけれどそこに書かれているテキストを読んで興味を持った。情念引力ってなんだろう。

RMKの新作がかわいくてひさびさに買った。ブラウンとベージュのチーク&ハイライトと、スパークリング リモンチェッロというかわいい名前のアイシャドウ。きらきらパールで気分をあげる。

目的を持たずに受動的でいるときに舞い込むものを信じていたいという気持ちがずっとある。

・2023.02.22

いろんな雑誌を読むのが好きでたまに回遊しているのだけれど、arを見ていたら「エモピン」という言葉が出てきてそれが頭から離れない。調べたら2018年の時点でエモピンという言葉が使われていてさらに驚いたのだった。手羽元がおいしかった日。

・2023.02.21

ゆめさんとPhoebe Bridgersのライブ。Motion Sicknessでわ〜となった。Boy Geniusの新譜もたのしみ。数年前にたしか代官山UNITで観たときとはだいぶ規模が違く、時の流れを感じた。京都でのライブはもうちょっとアットホームな感じだったのかな。

そのあと新宿でゆめさんと話してた話が総じておもしろかった。寒すぎて震えて帰宅。

・2023.02.20

Don’t forgetというメモ帳をつくった。すぐに忘れちゃうことを手書きで書いていたけれど、いつでもどこでもスマホでぱぱっと見れたほうがいいから。

話題のChat GPTでいろいろ訪ねてみる。これまで「◯◯ なぜ」とかで検索して、ウェブサイトを訪れて情報を取捨選択しながら答えを探していたのが、ある程度の集合知のようなかたちでテキストが出力されるのはすごいけれど、ああこれは本当に怖いなあと思う。ちょっとした質問でも明らかにおかしな答えがいかにもそれっぽく返ってくることもあって、きっとその精度も上がってはいくと思うけれど、ファクトチェックはもちろん、倫理的な問題などもいろいろ生じそうで不安になる。もちろんおもしろさも感じるし、いい使われ方をすればいいのだろうけれど…。AIに余白や曖昧さは理解できるのかな?

中国版chatGPTとして会話型AI「ChatYuan」がリリースしたけど3日で終了、理由は「中国経済を分析してほしい」などと尋ねるとシビアな回答が返ってきて、それは中国政府の見解と不一致するから、というニュースがおもしろかった。

・2023.02.19

夜、代官山でタイコのライブ。みんなリラックスしている感じでよかった。帰り道幸せな気持ちでひたひたになりながら帰る。

・2023.02.18

EASTEASTに寄って、そのあと科学技術館へ。3階の展示室に、展示室の入り口の会話が記録されていて、それらの言葉が時系列にマッピングされているスクリーンをいろいろ操れる展示室があって、それがなんだかすごかった。こんなふうに情報を取得して記録して活用することは役に立つし、おもしろいよねと思う一方で、勝手に知らないところで記録し活用されることの恐ろしさも感じる…。

・2023.02.17

ずるいほうには簡単に転べるから、そうならないようにしなくては!

夜は代々木上原で今後のことがますますたのしみになる会。そのあともえちゃんも合流して、しこたま飲んだ。

・2023.02.16(me and youのニュースレターより)

朝起きると、まずは布団の中でGmailを開く。携帯で。次に、やらなくてはいけないタスクを入れているTodoistというアプリを開く。Slackを開く。それから、一日の時間配分を考える。これはわたしの毎日の日課。何年やっても、時間配分が甘いのか、やらなくてはいけないことが多いのか、多分どっちもなんだけれど、その時間配分通りに終わったことはあんまりない。返せていないメールや連絡、遅れてしまっている作業に毎日申し訳ない気持ちになっている。こういうときはいつも、一日がぐんと伸びて27時間とか29時間とかにならないかなと願ってしまう。

午前中は税理士さんとのミーティングだった。2021年4月に会社を立ち上げて、もうすぐ3年目に突入する。数年前までは、まさか自分が会社を経営することになるとは思ってもいなかった。初めは右も左もわからないままがむしゃらに進んでいるという感じで、最近やっと独立したという実感を得られるようになってきた。ずいぶん遅いけれど。続けていくためにはさまざまなお金がかかるので、しっかりとお金を稼がなくてはいけなくて、当たり前だけれどそれは本当に難しいことだ。譲れないものは絶対に手放さずにさまざまな判断をしていくことだって、やっぱり難しい。難しさを感じながらも、結果的にこういうかたちで自分たちで判断しながら場所をつくっていけているということに、とても喜びを感じる。すべてのつながりが奇跡的に重なって、今があるように思う。だからこそ、今ここにいるからこそできる仕事ってなんなんだろう? ということを考え続けたい。

生きていくためにはお金が必要で、そのためには仕事をしてお金を稼がなくてはいけない。インボイス制度の話とかもでてきてなおさら思うけれど、世の中には規模感や利益を再重視する会社だけでなく、思いを大切にしながら仕事をしている小さな会社やフリーランスの人たちがいる。「仕事」という言葉を聞いたときに、それに付随するイメージとして「儲かる」「楽できる」「注目される」という言葉を思う人もいれば、「社会に必要な」「自分を生かしてくれる」という言葉を思う人もいる。そういう人たちが仕事を続けやすい社会であってほしいと心底思う。でも、世の中に存在する「仕事」は秩序立って並んでいるわけではなくて、絶望しそうなほどいびつな構造が存在している。そのなかで自分たちは何ができるのかな。そもそも仕事ってなんなのか。

そんなことをぼんやりと考えながら、夕方はラジオの収録に出かけて、帰り道も仕事のことについてゆめさんとずっと話していた。わたしたちが仲良くなったきっかけは、他にもいろんな理由があるけれど、一番はこんなにも夢中になって仕事の話ができる、ということが大きかった。今思い返すと、仕事後に散々飲んだ夜も、7割くらいは仕事の話をしていたのだった。

そんなこんなで、なんだか今日はどういった姿勢で仕事をしていきたいかについてずっと考えていた一日になった。「どんな仕事をしたいか」も大事だけれど、「どういった姿勢で」というのも同じくらい大事で、よく仕事をしている近しい間柄のなかではしょっちゅう話していることだけれど、多くの人と話せているわけではない。なんでかな、と考えてみたけれど、話すのがこそばゆいからかもしれない。いつも「できてなさ」を抱えながらなんとかやっていたりやれていなかったりするなかで、大きな顔で「こういう姿勢を大事にしています」なんて言えない、みたいな気持ちが邪魔をしているのではないか。でも、自分が完璧にできていなかったとしても、いろいろな人ともっとこういう話をしていきたい、とも思う。

・2023.02.15

英会話、よく話せて先生に褒めてもらえた。大人になると褒められる機会が減るので、素直に嬉しい。どんどん褒められたい。自分でももしかすると前よりは話せているかも、という実感があって、まだまだ拙くはあるけれど少しずつすすんでいるのかもしれない。なにかが少しでもすすんでいるという感覚もとても嬉しい。

夜はきみちゃんとPavementのライブ。もう観れないかもと思っていたアーティストのライブの感動はひとしおで、イントロから何の曲かみんなでわかるかんじ、みんなこの時間を待ってたんだよ!というのが伝わってくるのがたまらなかった。中高時代にもっとも聴いたバンドのひとつ、あの頃は一人でヘッドフォンで聴いているだけで、いつかPavementのよさを誰かと話せたらいいなと思っていたな。初めスクリーンにWindowsの起動画面みたいなのが流れて、演出…?と思ったら普通にミスだったらしい。そのローファイさ。

偶然はまださんと久々あえて、はなちゃんも合流してインド富士子でごはん。インド富士子でもPavement流れてて最高だった!

・2023.02.14

東京⼤学⼤学院情報学環の渡邉英徳研究室が、「トルコ・シリア地震 衛星画像マップ」というものを公開したそう。震災の記憶を後世に残していくデジタルアーカイブの取り組みに関して、「茨城県東日本大震災デジタルアーカイブ」と「東日本大震災アーカイブFukushima」が22年に閉鎖してしまったそうだけれど、年月が経ってそのことを残す意義を唱えた人たちがいなくなったあともそれらを残し続けるためにできることについてわたしももっと考えたい。映像や写真、テキスト、そのほかさまざまなかたちで残していくことの重要性、アーカイブについて、近頃とても関心が出てきた。

今日は取材で、身近に生えている樹木が誰によってどのようにケアされているのか、ということを初めて知った。知らないことがあちこちに転がっている。

夜、布団の中でふと思いたって読んでいた本を朗読してみた。声に出して文章を読むときの新鮮さ!またやりたい。

・2023.02.13

曇り空。ヘルシーな朝ごはんを食べたいと思い豆腐と納豆とたまごをかき混ぜて食べる。しっかりお腹いっぱいになるけどお腹が結構冷えるな。昼は晃生が作ってくれた野沢菜のチャーハン。テレビをつけると、トルコ・シリアの大地震のニュース。そのあと、冗談ばかりいう天気予報士。冗談をいいたい気分じゃないから、テレビを消した。夕飯はなすとじゃがいもとベーコンを炒めて、チーズをのっけてオーブンへ。冷蔵庫のなかにあったものがしっかりきれいになっていく気持ちよさ、いろんな食材を食べたい。

・2023.02.12

最近は週に一度家でゆったりする日がないと体がもたない。カメラの現像に行って、タリーズでオレンジジュースを飲んで、ゆったり帰った。夜、鍋を食べながらU-NEXTで「突撃!ストリートシェフ」という番組を観る。このあいだの勉強会を経てから世界の全体像についてあまりに知らなすぎるのではないか、と思い、スプレッドシートに国をすべて書き出そうとしてみた。書き出してみたときにあらためてわかった、承認されていない国家の多さと、強国による海外領土の多さ。

・2023.02.11

どうしても髪を切りたくなって、実家の近くにある美容院へ。こういう美容院の行き方は普段あまりしないのだけれどたまにはいい。時間が少しあったので、キャロットタワーの生活工房の「続・セタガヤママ 小さなメディアの40年」に立ち寄った。1982年、世田谷経堂に「セタガヤママ」という雑貨屋さんができて、その場所を拠点に小さなラジオ放送をしたり、ガリ版通信をつくったり、小さな「生活の実験」を行っていったそう。展示ではずらりとガリ版で刷られた「あめつうしん」が並べられていて、今もつくられているらしい。小さな場所や継続性について、とても気になる。

懐かしい道を歩いて実家へ。親とたくさん話してすっきり。父に会社のことなどについて話した。

写真美術館でペギー・アーウィッシュ。Nintendo 64のようなゲーム画面、サーマルカメラ、ドローン、さまざまなテクノロジーをただ賛美するのではなく、批評性を持ちながらつくられた作品はどの作品にもフェミニズムの視点があり、そのルーツを感じる初期の作品も好きだった。Q&Aがある日に行きたかったな。あいことジンギスカン食べて、トレンチってバーでおいしいお酒飲んで帰った。

・2023.02.10

昨日までどんより落ちていたけれど、夜のヒルサイドのイベントで藤原辰史さんに伺ったお話がすばらしくて、落ち込んでいる場合ではないぞとぐんと地上に引き上げられた気分。忘れてはいけないことを教えてもらった。

帰り道に、韓国語をまったく話せないわたしがなぜか韓国語で「森のくまさん」を歌えるということを思い出して、口ずさんでみる。母親にLINEして、なんで歌えるんだっけ?と聴いたら、母がわたしが生まれる前に多言語を学ぶスクール?に通っていたそうで家で歌っていたからかなあ、と言っていた。小さいときの記憶ってすごいし、音楽ってすごいな。今わたしは日本語しか話せないけれど、ひょっとしたらこの先の人生で英語や韓国語はもちろん自分を拓いてくれる言語と出会うことがあるのかもしれない、というのがある。特に多和田葉子さんやジュンパ・ラヒリの本を読んでいるとそれを強く感じる。その希望を忘れたくないなあと思う。

どうしようもなく恋に落ちたこと、あるいは傷がついてしまった経験。自分の奥底にずっと眠るそれらの歴史を辿ったり、ほかのものとかけ合わせたりしながら、深めて生きていきたい。

・2023.02.09

全然話せない日があって、今日はそれだった。頭と口と体がばらばらな感じ。そういうときってみんなあるのだろうか。偉そうにわかったふりをしてしまったようなことを言ったりやったりしてしまっていたような過去を振り返って、小さくウワーッと叫んでみたり。同時に、偉そうでわかったふりな姿を私に投げかけ続けていたあの人も、わたしの知らないどこかでウワーッと叫ぶ日があってほしいなと思う。「当事者性」について、まだまだ考えきれていないけれどぼんやり考えていた日。

・2023.02.08

優しさはきっと循環するから、自分が殺気立った気分のときこそできるだけ優しくあることを心がけたい、と思いながら近所のコンビニに向かう。友達に聞いた性被害の話がずっと頭の片隅にあって、はじめに聞いたときに投げかけた言葉が果たして合っていたのだろうか、そういうことをずっと延々と振り返りながら、これが正解という言葉があるわけではないのだから合っていたと信じ込まずにこうやって振り返ることだけは忘れないようにしようと考えていた。今日は夕飯をちゃんとつくれたのがよかった。ごはんをつくるという行為に癒やされている。

・2023.02.07

トルコでは死者1万人を超えたそう。あまり調子がよくない日だった。

・2023.02.06

トルコ・シリアでマグニチュード7.8の大地震。

・2023.02.05

昨日は海と夕焼さんで小林エリカさんをおまねきしたイベントだった。エリカさんと話をしていると、自分がこの世界で生きていたことの痕跡がどういったかたちで残っていくのか、考えたくなる。この日記を書いている一つの大きな理由は、5年後、10年後、20年後、30年後に自分自身がすでに忘れてしまうであろういま考えていることや起きていることを発見し直したいという欲望があるからなのだけれど、同時に、この時代に東京で生きていたある一人の人間がこんなふうに物事を考えていて、こんな社会だったということが、サーバーがなにかしらのかたちで残ってくれれば、わたしが死んだあとのずっと先の世界を生きる人に伝わる可能性があるから、というのがある。

夜、晃生と共にまみさんあゆみさんのおうちへ。おいしいお酒とおいしいごはんのいい夜だった。好きな人たちとお酒を飲む幸せを忘れないようにしたい。

・2023.02.04

政府高官であった荒井氏に対する同性カップルに対するひどすぎる発言、それに対して更迭が決定したものの、こんなにも偏見が根付いてしまっているという状況、そうした人たちがこの国のあらゆる重大な決定に関わっているという事実にただただうんざりする。

体重や歩数などを記録しやすい方法を見つけて、それはiPhoneのショートカット機能を工夫するというだけのことなんだけれど、つい出かけているときも眺めてしまう。眺めながら、ふと後ろの人に自分の体重の変遷や歩数の変遷が筒抜けになっていることに対して異様に恥ずかしさを感じてしまった。身近な人にも教えていない身体の個人的なことが、うしろにいる二度と会わないかもしれない人が知ってしまうかもしれない? 多少考えすぎかもしれないけれど、とあるデータベースにはわたしや誰かの個人的なさまざまな情報が蓄積されていて、技術的にはそれらをずらっと並べることができてしまうということにたまにすごく恐ろしくなる。

・2023.02.03(me and youのニュースレターより)

年末になると、一年の振り返りをしつつ、来年どんな一年にしたいかを書くようにしている。前はEvernoteに書いていて、ここ2年はNotionに。

Evernoteを開くと、一番古い記録は2014年だった。2014年、26歳のわたしはCINRAに転職するのを決めた頃。なかなか継続できないことや、本や映画などに触れる時間が足りないことなど、今と変わらないような悩みを抱えている一方で、今とはずいぶん違う思考をしていて驚いた。おもしろいので、どんどんページをめくってみる。2015年、27歳のわたしは「〜を◯回する」など異様に数字にとらわれていた。仕事の影響なのか、やたらとカタカナも多い。意味を理解して使っているのだろうか。世の中が押し付けてくる「普通」に対して違和感を感じながらも、その「普通」に自分を合わせようと努力している感じがした。2016年、28歳のわたしは「女性に関するメディアを立ち上げる」と書いていて、そこから少しずつ今の自分の延長にあるように感じられる内容になっていく(といいつつ、どの自分も延長線上にあるのだとは思うけれど)。これを振り返られるだけでも、書いておいてよかったなあと思う。あと、別にしょっちゅう見返しているわけではないのに、書き出したことは結構できてることが多いから不思議だ。

2022年の終わりも、いつもと同じように、一年の振り返りをしつつ来年どんな一年にしたいかをノートに書くことにした。が、年末はコロナにかかり弱っていたので、思うように頭がまわらず、いつもよりかなりふわっとした内容になってしまった。しっかり決めこむのもたのしいけれど、あまり決めきっていないことでどんどん変えていける自由度があって、これもこれでいいなあと思う。1年のはじまり、と思うと気負ってしまうけれど、いつでもはじまりの日は決められるはず。

今年の気分は、「1年」よりも「1日」のほうかもしれない。ここ数ヶ月は、日課を書き出して都度見返すようにしている。書かなくてもいいのだけれど、書いていないと忘れてしまうから。いつも厳守できないとまるごと投げ出してしまいがちなので、日課を書いているページに「いつでも変えていい」とわざわざ書いている(そういえばゆめさんもそういうことを言っていたような?)

最近は寒くて血行が悪くなっているのか、疲れがたまっているのかわからないけれど、身体も頭も動き出すのが遅くて、朝の時間の日課のチューニングをしている。半身浴の時間を加えたのと、同居人が白湯を飲むといいと言っていたから、白湯も。10分くらいのヨガやストレッチをするとだいぶ身体が目覚めて、調子がよくなる。忘れっぽいのとめんどくさがりが重なり、書いておかないとやらなくなるので、こういうことも全部書くようにしている。

いつかの日記に「あすけん」に記する話を書いたけれど、あんなに熱心に書いた割にめんどくさがりだからか記録ができなくなった。代わりに体調管理のために体重と心拍数を記録している。スマホの画面にウィジェット機能があるのを忘れていて、押すだけで記録できるから便利。しっかり歩きたいから、歩数を表示できるウィジェットもいれた。

去年は日課をたてすぎて、日課に追われるようになってしまっていたように感じるので、自分に多少の負荷をかけつつ、余白も残せるようなバランスを見つけたい。2月のはじまり。

・2023.02.02

朝、憤るような出来事があって、わなわなしながら英会話の先生にその怒りを伝えようとする。怒りってすごくて、どうにかこの気持ちを共有したいからか、これまで使ったことのないような単語が思いつく。

理不尽な出来事に対して、少しオーバーなくらい怒ってしまうことがあることを自覚していて、そういう自分のことが嫌でありながら嫌いになりきれなくもあって、怒りが自分を突き動かしてくれるときのあの感じを忘れてはいけないなと思う。でもバランスのとり方も見つけたい。

・2023.02.01

毎週水曜日は打ち合わせを入れるのをなるたけやめて作業日にすることに決める。人とあまり話さない、連絡をとらない、というだけでだいぶ気持ちが楽になる。コミュニケーションをしようと思えば無限にできてしまう時代に生きているのだから、意識して自分にちょうどいい量に調整しないと。

スーパーに行くのに夜の散歩。最近は忙しすぎて大きなスーパーに買いに行く時間がなかなか取れてていなかった。近所のまいばすけっとは便利ではあるけれど、決まりきった種類の野菜をはじめ、最適化された商品がずらりと並んでいる中に身を置くと、消費社会の中のコマとして生きている感覚が湧いてきて、ときどきはて、という気持ちになる。